“ロングスロー職人”原山が起こした奇跡 青森山田のラッキーボーイが大仕事

中田徹

後半アディショナルタイムに2点差を追いつく

青森山田が試合終了間際に追いついてPK戦勝ち。原山(左)がロングスローでチャンスを演出した 【Getty Images】

 桐光学園(神奈川)が2−0で青森山田(青森)をリードしたまま、試合は4分間のアディショナルタイムに入った。1月3日に行われた第94回全国高校サッカー選手権大会の3回戦、この日の桐光学園は攻めではテンポがよく、守備も堅く、途中出場の選手たちも試合の流れに乗ってプレーしていた。この日、2ゴールを決めた小川航基がPKを外し、ハットトリックを達成し損なっていたが、それでも桐光学園に隙はなさそうだった。

 しかし、結果論からすると、桐光学園は「あのPKが決まってさえすれば……」と後悔することになる。80+2分、コーナーキックから途中出場の成田拳斗がゴールを奪うと青森山田の反撃ムードが高まって、80+5分には原山海里のライナー性のロングスローから、やはり途中出場の吉田開が執念のゴールを決め、土壇場で2−2の同点となった。

 ベスト8進出を懸けたPK戦は、桐光学園の小川が外したのに対し、青森山田は全員が成功させて勝ち上がりを決めた。試合終了後、青森山田の黒田剛監督は「お前ら、よくやった。心の勝利だ」と選手たちを褒めたたえた。それから大勢の記者に囲まれた黒田監督は、「奇跡です」と語った。

“ロングスロー職人”の誕生秘話

“飛び道具”を持っているチームは強い。青森山田の場合、右サイドバックの原山が放るロングスローが猛威を振るっている。今大会の青森山田は1回戦の大社(島根)戦(3−2)も2点のビハインドを負ったが、アディショナルタイムで原山のロングスローが貴重な決勝ゴールにつながった。

「小学校4、5年生ぐらいの時、スローインが下手で、ファウルスローをよくとられていた。当時の監督に『ファウルスローするぐらいだったら、お前は練習に参加しなくていいから、ひたすらゴールの裏のネットに向かって投げていろ』と言われて、一日中練習に参加することなく投げ続けていた。その時ぐらいから、スローインを投げられるようになりました」(原山)

 こうして、“ロングスロー職人”は誕生した。黒田監督からは「ロングスローを投げられないようだったら、メンバーから外すぞ」と言われているという。原山は「自分はこれしか武器がないんで。あとは声を出すこと。僕は本当にうまくないんで」とちょっと恐縮するように語った。貴重なゴールにつながるロングスローを投げ、PK戦の最後のキッカーも務めた原山は、青森山田のラッキーボーイ的な存在なのかもしれない。

桐光学園・鈴木監督が送った小川へのエール

 青森山田はこの日、桐光学園のエースである小川に手こずった。小川の前半32分の先制弾のシーンは、「常田(克人)が突っ立ったまま足を出して、股抜きをされてしまった。あそこはシュートコースにスライディングしないといけない場所」(黒田監督)。2点目のヘディングシュートは、「小川がファーサイドへ回ったら、近藤(瑛佑)についていけと言ってたんですけれど、一瞬離してしまった。本当に小川くんには翻弄(ほんろう)された」と指揮官は振り返った。

 試合中とPK戦で2度、PKを外した小川だが、大会屈指の素晴らしいストライカーであることは間違いない。桐光学園の鈴木勝大監督が、記者たちに語った小川へのエールは、厳しさと優しさと信頼に溢れていた。

「小川はまだまだ勝負強さに関してはプロの世界でやっていけるかどうか、クエスチョンな部分があると思います。彼の性格はプロの世界でやっていける可能性があります。ストライカー気質がありますから。自分がゴールを奪うんだ――という探究心は、この年代の他の選手よりも長けていると思う。PKを1つ決めないことが、世界に飛び出す扉を閉じてしまうこともあるかもしれませんし、昇格・降格、得点王に絡んでいく中で1つのゴールが人生を左右してしまう。それがプロの厳しい世界。次のステップは世界なので、そこの精度を上げていってもらいたい」

 完璧なクロスを蹴って小川の2点目をアシストしたイサカ・ゼインには、桐光学園での自分の役割に対して、思うところがあった。

「小川がPKを外した時に思ったのが、『自分は小川に依存しすぎていたのかな』ということ。自分は『小川の下』と思っている部分があったけれど、本当は2大エースにならないといけなかった。大学へ行ったら、自分が一番勝利に貢献する選手になりたい」

 ジュビロ磐田に加入する小川は、「開幕から試合に出て、監督、スタッフ、仲間に恩返ししたい」と誓っていた。
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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