粉々に砕けた自信を取り戻すために―― 八重樫東がLフライ級に挑戦する理由

船橋真二郎

トレーニングメニューも再考

八重樫をサポートする松本好二トレーナー(左)と大橋秀行会長(右) 【船橋真二郎】

 もちろん体重面のシミュレーションだけではない。フィジカルトレーニングも見直した。恒例だった土居進トレーナーとの通称“土居トレ”を一時離れ、“体の使い方”に主眼を置き、白井・具志堅ジムの野木丈司トレーナーとの週1回の階段ダッシュを中心とした走り込み、数々の格闘家を指導している和田良覚トレーナーとの週2〜3回のゴールドジムでのトレーニングに取り組んできた。土居トレーナーとは時間をかけてフライ級の体をつくってきたが、これ以上は筋量を増やすことができない。
「たとえばパワーが必要なら、筋肥大させて、単純にマックスの出力を上げていけばいいんですが、階級を落とすのでそれはできない。体の使い方がもっと上手になれば、自分が今、持っている筋量で出力を上げることができる」

 その成果は「軸がブレないし、全体的な動き、スピードがアップしている」と松本トレーナーがジムワークの中で感じ取っている。

 32歳という年齢も考慮して、練習にメリハリをつけることで効果を最大化させることにも心がけてきた。
「練習をやめる勇気を持つということですかね。自分は練習することが取り柄というか、才能の人間ではないので、今でも怖い部分はあるんですが。誰しも練習をやればやるだけ、自信や安心感につながる。でも、集中力が切れた状態で練習を続けても意味がない。練習に依存せず、自分の体と向き合って、いかに実のある練習ができるか」

 36歳にして、いまだトップレベルをキープする拓殖大学時代の先輩・内山高志(ワタナベ)の姿勢からも大いに見習うところがあったという。
「この1年は自分の思うようにやらせてもらった。それも松本さんが肯定してくれて、初めて成立すること。この2度目のライトフライ級での挑戦も正直、僕のわがままを大橋会長に聞いていただいた形になる。感謝の気持ちと覚悟を持って、試合に臨みたい」

世界王者が居並ぶ日本のLフライ級

27日に日本ライトフライ級新チャンピオンとなった拳四朗(左)は田口良一とは昨年末に続き、スパーリングで2度手合わせして いる 【船橋真二郎】

 八重樫が“証明”を果たせば、ライトフライ級の勢力図は書き換わる。現在のライトフライ級のトップと目されているのはWBO王者のドニー・ニエテス(フィリピン)。33歳の試合巧者は2階級目となる王座を8連続防衛中で、昨年11月には所属するフィリピン・セブのALAジムが主催する興行で米国進出も果たしている。八重樫が3階級を制覇すれば、ニエテスに負けない実績を持つ存在として、クローズアップされることは間違いない。

 今回、八重樫が挑むサウスポーのメキシカンファイターで、若き24歳のハビエル・メンドサが「6週間の高地トレーニングなど、今までの2倍の量の練習を積んで準備をしてきた」と万全の構えを強調し、メンドサのプロモーター兼マネージャーで世界4階級制覇の元スター選手、エリック・モラレスを指導していたフェルナンド・フェルナンデストレーナーが「ヤエガシはグレートなボクサーであり、グレートなチャンピオンでもあった。我々にとってタフな試合になる」と敬意を表するのも、決して社交辞令ではないだろう。

 また、大みそかに東京・大田区総合体育館で2度目の防衛戦を迎えるWBA王者の田口良一(ワタナベ)がベルトを守れば、11月28日の仙台で八重樫を倒したゲバラに逆転の判定で競り勝ち、WBC王者となった木村悠(帝拳)と合わせ、3団体を日本人王者が占めることにもなる。田口は4年前に木村に6回負傷TKO勝ち、木村は八重樫とはアマチュア時代に通算2勝1敗と因縁があるが、田口は評価の高いWBA暫定王者で強打のサウスポー、ランディ・ペタルコリン(フィリピン)との来年中の“統一戦”、木村は防衛5度と当面は実績を上げることに集中する。その上で田口は「盛り上がるのはうれしいし、いずれは日本人対決をしたい」と意気込みを示し、木村は「4団体あるので、この階級で最強のチャンピオンを目指したい」と未来を見据える。

「日本人が軽量級を制覇するのはいいこと。自分は、そこまでは気にしてないけど、お互いに立場が変われば、いろんな意識が芽生えてくるかもしれない。とりあえず、今は目の前の敵をやっつけようと思う」

 当然ながら八重樫はライトフライ級での雪辱しか頭にはないが、この階級における日本、フィリピン、メキシコの三つ巴の構図が鮮明になりつつある中、来年は日本の新勢力の台頭も見込まれる。

 日本人として初めて4団体を制しているIBFミニマム級王者の高山勝成(仲里)は2階級制覇も選択肢のひとつに入れていることを公言してきたし、今年5月、WBOミニマム級王座を国内最短5戦目で奪取した20歳の“中京の怪物”田中恒成(畑中)は、まだ成長期で階級を上げることは確実である。

 大みそかにそれぞれ防衛戦に臨む高山、田中の他にも27日に地元京都で日本ライトフライ級王座に挑み、新チャンピオンとなった拳四朗(BMB)は今後が期待されるホープだ。まだ6勝3KOと戦歴は浅いが、関西大学時代に国体で優勝するなど、アマキャリアは豊富。童顔の23歳は確かな攻防センスに加えて、度胸の良さも証明済みで、必要なのは経験のみ。父で元東洋太平洋ライトヘビー級王者の寺地永会長は「強い相手と戦いながらレベルアップを図って、来年末には世界挑戦できるくらいの力をつけたい」とプランを語っていた。

 今年の年末は東京、大阪、名古屋の3都市で合計7つの世界戦が行われる。その中でも、足かけ11度目の防衛戦に臨む内山、衝撃の戴冠劇から1年ぶりの復帰を果たす井上尚弥(大橋)、前王者との因縁のリターンマッチを迎える井岡一翔(井岡)ばかりに目が向きがちだが、八重樫のチャレンジをはじめ、ライトフライ級の今後を占う意味でも年末のリングは興味深いのである。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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