天才は時に、エンジニアの毒にもなる 元フェラーリ浜島裕英が語るF1の世界

田口浩次

ニューウェイ、アロンソとの逸話

ブリヂストン時代の浜島さん。現場では数多くの天才たちと仕事をした。右はレッドブル時代のベッテル 【Getty Images】

――少し話は脱線しますが、昔、浜島さんからこんなエピソードを聞いたことを思い出しました。1970年代から80年代初頭、それこそ国内F2のレースで、当時の日本人トップドライバーたちが、タイヤテストであえて自分だけが使いこなせるダメなタイヤを評価して、チャンピオンシップを有利にするようなことがあったと。実際に走行データがあると、エンジニアはそれを信じてしまうということでしょうか?

 そんなこともありましたね(笑)。本当はテストした3人が同じようなタイムを出せることがいいタイヤの条件なんですけどね。実際にタイムが出ちゃうと……(笑)。つまり、天才は時として、エンジニアにとっては毒にもなるんです。だからレッドブルデザイナーのエイドリアン・ニューウェイが昨年のレギュレーション変更で大きく苦しんだのは、やはりエアロダイナミクス(空気力学)を追求しすぎたことだと思います。

 97年に彼と仕事をしたとき、私たちがフロントタイヤを大きくすることを提案したら、ものすごく反対されました。エアロダイナミクスの世界で生きている人にとっては、フロントタイヤを大きくするという、前影投影面積を増やす発想なんてあり得ないわけです。タイヤのグリップやコーナリング中のグリップは考えてくれない(笑)。つまり、もしあのときも、ニューウェイの言うままにやって、たまたまタイムが出てしまったら、本当はもっと高いレベルにマシンを引き上げることができたはずなのに、その選択肢はなくなってしまう。天才と一緒に仕事をすると、そういうことが発生する可能性があるわけです。

――アロンソはやはり天才ですか?

 天才ですね。もちろん、フェルナンドはテストのときもしっかり評価するし、チームにダメ出しもするけど、レースになると想定以上の結果を出す。それができるドライバーだから、チームの設計者たちも少し安心してしまうんでしょうね。遅いのはもう1人のドライバーが悪いからだ、って考えてしまう。本当は今年のフェラーリのように、2台が同じように速いことがマシンの実力なんです。

 実はシューマッハ時代のフェラーリもそうでした。マッサとミハエルに差があるときは、たいていミハエルがレースでなんとかして結果を出しているとき。それに対して、マッサもポールを取ったり勝利したりと、2台が同じように速かったときは、マシンに力があったときなんです。つまり、レースで結果を出せてしまうことが、フェルナンドの良い面であり、悪い面でもあるのかもしれないですね。

ピレリのタイヤはクリフが読めない

浜島さんはタイヤの専門家として、現在のタイヤ問題にも言及。F1が18インチ化に踏み切れないのには理由がある 【Getty Images】

――話題を変えましょう。浜島さんの専門分野であるタイヤについてうかがいます。ベルギーGPで、ベッテルやロズベルグのタイヤが突然バーストする事件がありました。チームはピレリに何を求めているのでしょうか?

 現在のタイヤ問題は故障することです。チームの認識としては、早くタイヤがタレることに文句を言ってはいません。寿命が短ければマルチストップになるだけですから。逆に1ストップだとレースとしての面白みは減ってしまいます。タイヤのグリップが多少落ちて、その落ち方が読めて、戦略を組めればレースは面白いわけです。ひとつの懸念点は、ピレリのタイヤはグリップが落ちてきたと思ったら、突然クリフ(崖)があって、一気にタイムが落ちる、そのクリフがいつ来るのかが読めないこと。想定以上に早くクリフが来ることがあるので困っています。しかし、グリップ自体には文句は言っていません。

 問題は一昨年のシルバーストーン(イギリスGP)や、今年のベッテルやロズベルグのように、突然破裂してしまうことなんです。タイヤは命を乗せていますから。私は実物を見ていませんが、ベッテルの映像をスローで見ると、最初にベルトとカーカスと呼ばれる部分が剥離しています。まずベルトが飛んで、次にカーカスが切れてバーストして止まった。つまり、ベルトとカーカスの接着が弱いのかなと。突然のバーストが問題なのは、クルマがコントロールを失ってクラッシュすることもありますが、そのタイヤの破片が後方を走るマシンを巻き込む可能性があるからですね。

――ピレリは18年に18インチ化を条件にF1へのタイヤ供給を行いたいと提案しています。ル・マン24時間レースやフォーミュラEなどでは18インチが実用化されていますが、なぜF1では13インチを守り続けているのでしょうか?

 18インチが主流の現在では、13インチは古代の遺跡みたいなものですよね。軽自動車でさえ14インチですから。ただ、13インチタイヤだとサイドウォールが大きく、タイヤ自体がバネとしての役割を果たしています。例えば、コーナーでステアリングを切り込むとき、イメージとしては、ステアリングを切ると、まずホイールが一緒に切れて、その後にタイヤが切れていく。つまり、タイヤは緩衝材になっています。F1マシンのサスペンションはガチガチに作られています。F1チームとしては、マシンのすべてが13インチタイヤに合わせて設計しているので、18インチ対応にするには、まずサスペンションの設計をすべてやり直さないといけない。これに大きなコストがかかります。

 そして命にも関わる問題ですが、18インチにすると少なくともホイールが確実に重くなりますから、クラッシュしたときにタイヤが飛ばないようにするためのテザー(ロープ)などが、そのまま使えなくなるかもしれません。もっと単純なことを言えば、現在のマシンのまま18インチ化すると、タイヤの遊びの部分がなくなりますから、ドライバーがマシンコントロールすることがすごく難しくなるかもしれません。

 これは実際にあった話ですが、日本のスーパーGTで、ミシュランが19インチを導入したことがあります。使ってみると19インチはトラクション(タイヤの駆動力を路面に伝えて前に進める力)が伝わりにくく、18インチに戻しました。せっかくパワーのあるマシンを準備しても、トラクションがかからないタイヤではタイムが出ません。もちろん、マーケット的には18インチなどへ高インチ化したいことは事実ですが、F1でなかなか実現できないのは、そうしたいくつもの理由があるからなんです。

浜島裕英(はましま・ひろひで)プロフィール

東京都出身、東京農工大学大学院工学研究科修了。1977年にブリヂストン入社後、長年モータースポーツ用タイヤの開発を担当。ブリヂストンがF1に参戦した97〜2010年まで、F1総指揮を務めた。その後、定年前の59歳にしてブリヂストンを退社し、12年1月にフェラーリと契約。ビークル&タイヤ・インタラクション・ディベロップ・ディレクターに就任し、14年まで活躍した。

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