200m新女王シパーズが与えた衝撃 欧州勢Vでスプリント界に風穴を開ける
オランダからニューヒロイン誕生
女子200m決勝、オランダのシパーズが世界歴代3位となる21秒63で優勝し、世界に衝撃を与えた 【写真:ロイター/アフロ】
「ここに来る前、22秒を切って金メダルが取れればと思っていました。その両方を達成できるなんて、本当に信じられません」
驚異的なタイムをたたき出したシパーズだが、カーブを抜けた時点では、4番手争いを演じていた。しかし残り60メートルほどからグイグイと加速する。隣のレーンで先頭を走るエレイン・トンプソン(ジャマイカ)を猛追し、フィニッシュライン直前で差し切った。100分の3秒差で決した見事なまでの逆転劇。米国や、ジャマイカなどのカリブ諸国が圧倒的な強さを誇ってきた短距離界において、ヨーロッパ勢が世界選手権の同種目を制するのは実に12年ぶり。七種競技から短距離に転向してわずか半年足らず。24日の100メートルでも2位に入ったニューヒロインの登場に、会場は大いに沸き立った。
練習では砲丸投げ、幅跳びも
もともと七種競技に取り組んでいたが、今年からスプリントに専念。才能が一気に開花した 【写真:ロイター/アフロ】
その後、シパーズ本人からの申し出もあり、2012年以降は混成と短距離の二足のわらじで競技を続行。13年のモスクワ世界選手権では七種競技で3位に入った。翌年には「楽しみのため」に出場したヨーロッパ選手権で100メートルと200メートルの2冠を達成。そして今年の春先、完全に短距離への移行を決めた。
その強さを生み出したのは、混成競技のために行ってきた多彩なトレーニングにある。ベンネマコーチによれば、スプリント1本に絞った今も、砲丸投げや走り幅跳びの練習を取り入れているというから驚きだ。種目によって必要な能力、筋肉は異なるはず。この方法がスプリントに与える効果は、自身も「まだ分からない。それは僕らも知りたいところだよ」という。とはいえ、独自の育成方法に秘密はありそうだ。
また、強靭(きょうじん)なメンタルも彼女の持ち味のひとつだ。ベンネマコーチの言葉を借りると、シパーズとは「プレッシャーの中でもパフォーマンスを発揮できる選手」。アリソン・フェリックス(米国)やシェリー=アン・フレーザー・プライス(ジャマイカ)らスター選手と同じタイプだという。その強心臓っぷりは、今回の大舞台でも発揮。曲走路を抜けた時、視線の先にエレインがいたが、シパーズは「リラックスしようと心がけた」と冷静に対応、力むことはなかった。
転向したばかりということもあり、突然変異で現れた選手に見えるかもしれない。しかし実際は、フィジカル、メンタルともに、なるべくしてトップアスリートとなったと言える。
「メダルを取るのに肌の色や出身は関係ない」
「問題はDNAではない」ということを示してくれたシパーズ。ヨーロッパのアスリートたちに勇気を与える結果だった 【写真:ロイター/アフロ】
「物事が変わっていくでしょう。今回のシパーズのメダルは、ヨーロッパの多くのアスリートに、『問題はDNAではない』と教えてくれました。アイルランドの多くの子どもたちにも刺激になったと思います。メダルを取るのに肌の色や出身は関係ないと、示してくれましたから」
シパーズが勝てたなら、私たちもできる――ヨーロッパ各国の選手たちは今、そう思っているのではないか。日本の選手が、中国の蘇炳添が9秒99を出した時、「日本人も9秒台を出せる」と希望を抱いたのと同じように。ダフニ・シパーズという才能の出現が、スプリント界に風穴を開けることになるか。それは、彼女と、そして彼女に勇気をもらったヨーロッパのアスリートたちに懸かっている。
(取材・文:小野寺彩乃/スポーツナビ)
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