己との戦いに挑んだボルトとガトリン 北京の地で見せた2人の心の動き

及川彩子

絶好調のガトリンと不調のボルト

世界陸上北京大会、男子スプリントはボルト(左)とガトリンによる戦いに注目が集まっていた 【写真:ロイター/アフロ】

 陸上の世界選手権(中国・北京)、男子100メートルで大会連覇を狙うウサイン・ボルト(ジャマイカ)と今季9秒74を出して好調のジャスティン・ガトリン(米国)。今大会、男子スプリントの前評判はこの2人に絞られていた。

 シーズン序盤から好調のガトリンは、5月に自己ベストとなる9秒74を出したほか、7月9日のダイヤモンドリーグ・ローザンヌ大会で9秒75、7月17日のモナコ大会で9秒78と、今季負けなしで大会を迎えた。

 一方、ボルトは出場した試合で精彩を欠いた。臀部(でんぶ)の仙腸関節(骨盤の骨である仙骨と腸骨の間にある関節)に異常が認められ、その後は治療に専念するため、予定していた試合も欠場した。

 絶好調のガトリンと不調のボルト。メディアにあおられるまでもなく、2人は試合前からお互いを激しく意識していた。
「ガトリンはいい選手だ。安定した結果を出していると思う」とボルトが言えば、ガトリンも「ウサインは世界大会にしっかり合わせてくる選手だから油断はできない」と前哨戦を繰り広げていた。

ガトリン、痛恨のミスで金メダル逃す

ガトリン(左)はラスト20mあたりでバランスを崩し、ボルト(右)に金メダルを奪われた 【写真:ロイター/アフロ】

 レース前の注目はボルトがどこまで調子を合わせてきたのか、ガトリンは春先からの好調さを維持できるのか。

 大会初日の予選、6組目のガトリンが9秒83、7組目のボルトが9秒96とガトリンの好調さが光った。決勝レースを占う大事な準決勝。ほぼ完璧なレースを組み立てたガトリンは追い風参考ながら9秒77。「完璧なんてないさ、決勝ではもっといける」と笑顔で立ち去った。

 一方のボルトはスタートでつまづき、組1位ながら9秒96という平凡な記録に終わる。「ブロックを強く蹴りすぎた。どうしてそうなったのか分からない」と呆然とした表情でボルトは立ち去る。体全体から動揺が広がっていた。

「ガトリン10年ぶり金メダル」
「ボルト敗れる」

 そんな見出しが多くの記者の頭をよぎった。そう思っていたのは記者やファンだけではなく、ガトリンも同じだった。

「勝てるかもしれない。いや、勝てる。金メダルだ」

 決勝までの間、頭の中によぎっていたに違いない。そして、その過剰な意識が決勝でのミスを引き起こした。

 好スタートを切ったガトリンは必死に逃げたが、最後の20メートルほどでバランスを崩し、バタツキながらなんとかフィニッシュした。

「焦ってしまった」

 ボルトよりも早くゴールしたい、金メダルを取りたい。そんな気持ちが前に出すぎ、金メダルは手からするりとこぼれ落ちていった。ボルトのあおりがガトリンのミスを引き起こしたのか、それともガトリンが強烈な自意識とプレッシャーに負けたのか。おそらく後者だったのだろう。

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著者プロフィール

米国、ニューヨーク在住スポーツライター。五輪スポーツを中心に取材活動を行っている。(Twitter: @AyakoOikawa)

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