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フェデラーが今なお進化し続ける理由
誰よりもテニスを愛する不世出の天才

ジョコビッチも絶賛する“テニス界の芸術品”

来月34歳を迎えるフェデラー。ウィンブルドンで見せた華麗なプレーに、関係者から絶賛の声が挙がった
来月34歳を迎えるフェデラー。ウィンブルドンで見せた華麗なプレーに、関係者から絶賛の声が挙がった【写真:ロイター/アフロ】

「これは彼のキャリア史上、もっとも素晴らしいパフォーマンスだ!」 


 ウィンブルドン準決勝でロジャー・フェデラー(スイス)がアンディ・マレー(イギリス)を7−5、7−5、6−4で退けた時、元世界ランキング1位にしてグランドスラム7勝の経歴を持つマッツ・ビランデルは、幾分上ずった声でそう言った。


 76%をたたき出したファーストサービス成功率。相手に1度しかブレークポイントを与えぬ盤石のゲーム進行。3セットの間に21本決めたネットプレー。そして第3セットで見せた、ボールのインパクトの瞬間に柔軟かつ強靭(きょうじん)な手首を返し、ネット際ギリギリに落としたバックハンドのスーパーアングルショット――。ビランデルのみならず、この日のパフォーマンスに、あらためて“テニス界が生んだ芸術品”とまで絶賛されるフェデラーの神話性を見た者は多い。「彼は、テニス史上最高のプレーヤーだ」。現世界1位のノバック・ジョコビッチ(セルビア)ですら、あためて畏敬の念を込めそう認めた。


 今年は……いや、「今年も」と言うべきだろう。フェデラーがウィンブルドンの頂点を懸けて戦ったのは、そのジョコビッチである。第1セットはジョコビッチ、第2セットはフェデラーがいずれもタイブレークの末に分け合うが、第3セット早々のジョコビッチのブレーク、そして挟んだ雨天中断を境に“勝負のあや”は一気にジョコビッチに流れ込んだ。速攻が優位と言われる瑞々しいコートで、ミスを犯さず、いかなるボールにも泥臭く食らいつき、左右に深く打ち込むストロークで“芝の帝王”をベースラインに押しとどめるジョコビッチ。


「僕のようなベースライナーは、ポイントを奪うには時間が必要だ。だって僕は、ロジャーほど才能に恵まれていない。30秒でサービスゲームを取ることはできない」


 賜杯を手にしたばかりの王者が、殊勝にもそんな言葉まで口にした。


 終ってみればこのウィンブルドンもまた、ジョコビッチ、フェデラー、マレー、そして現在はランキングを落としているものの、グランドスラム14回の優勝を誇るラファエル・ナダル(スペイン)による“ビッグ4”の時代が、依然継続中であることを示した大会であった。


 あるいはナダルに代わり、先の全仏オープンを制したスタン・ワウリンカ(スイス)を加え“新・ビッグ4”と呼ぶ向きもある。フェデラーは34歳の誕生日を1カ月後に控え、ジョコビッチとマレーは28歳、ナダルは29歳で、ワウリンカは30歳。つい10年ほど前なら、いずれも「ピークは過ぎた」と言われる年齢だが、ジョコビッチは「今がピーク」と断言し、ワウリンカも全盛期を謳歌(おうか)中だ。ジョコビッチは今大会の優勝で9個目のグランドスラムタイトルを手にしたが、28歳での到達は1968年のオープン化以降では最年長。彼らが年齢による“メンタルバリア”にとらわれることなく、互いを押し上げ高め合うその中核には、今なお世界2位に座す、フェデラーの存在があるのは間違いない。

憧れのアイドルのコーチ就任に大興奮

13年末から師事するエドバーグ(右)は、少年時代のフェデラーにとって憧れの存在だった
13年末から師事するエドバーグ(右)は、少年時代のフェデラーにとって憧れの存在だった【写真:ロイター/アフロ】

 先述したビランデルは、今大会でフェデラーが「キャリア最高」のプレーを見せたその背景には、新たな“武器”の体得があり、それを授けたのは、コーチのステファン・エドバーグだと言う。「マレー戦で見せたバックハンドのリターンのバリエーションは、かつてのロジャーになかったものだ。以前よりも多く見られるネットプレーにも、エドバーグの影響が見られる」。ビランデルは、スウェーデンの同胞であり、かつてのライバルにして友人の手腕を称賛した。


 フェデラーが、エドバーグをコーチにつけたのは、2013年末のことである。


「小さいころから憧れていたアイドルが、目の前にいる!」


 それはあのフェデラーをしても、緊張と興奮に満ちた始まりだったという。彼は自分のテニスの話題もそこそこに、エドバーグの話を聞きたがった。


「あの時のウィンブルドンの決勝では、どんな気持ちで戦っていたのか?」

「あの当時のロッカールームの様子はどのようなものだったのか――?」


 少年時代に憧れ、夢中で見ていたプレーヤーたちとその時代の“裏話”に、フェデラーは目を輝かせる。彼は超一流のテニスプレーヤーであると同時に、一流のテニスファンでもあった。

どんな世代の選手にも気さくに話しかける

錦織を指導するチャンは、さまざまな選手に気さくに声をかけるフェデラーは、他選手の手本になっていると語る
錦織を指導するチャンは、さまざまな選手に気さくに声をかけるフェデラーは、他選手の手本になっていると語る【写真:アフロ】

 フェデラーのもう一人の“アイドル”であり、プレースタイルの類似性からしばしば比較の対象にもなる選手に、フェデラーに破られるまでのグランドスラム最多獲得記録保持者である、ピート・サンプラスがいる。そのサンプラスは昨年の初頭、自身とフェデラーの決定的な差異について、次のように述懐した。


「技術や体力だけなら、僕もあと数年プレーできたと思う。しかし僕は、移動と旅の繰り返しの生活に、心身ともにすり減ってしまっていた。だから……僕にはロジャーが分からないんだ。なぜ彼が今も高いモチベーションを維持し、過酷なツアーを戦っていられるのか」


 それは、31歳でコートを去った物静かな米国人の、孤独な心のつぶやきのようでもあった。


 このサンプラスの疑問に一つの解を示したのが、奇しくも……というべきだろうか。かつてのサンプラスのライバルであり、昨年から錦織圭(日清食品)のコーチとして手腕を振るうマイケル・チャンである。


「圭のコーチとしてツアーに戻ってきた時、気がついたことがある。それは、プレーヤーズラウンジの雰囲気が、僕の時代よりも随分とリラックスしていることだ。その雰囲気を作っているのは、恐らくはロジャーだ。トップにいる彼がいろんな選手に気さくに話しかけることで、他の選手もその姿勢を見習っているのだろう」


 ドイツ語(+スイスドイツ語)、英語、そしてフランス語も流暢(りゅうちょう)に操るフェデラーが、多くの選手に声をかけながら、自ら率先して、かつてサンプラスが「すり減って」しまった要因を排除している。それに恐らく彼は、さまざまな地域のいろんな世代の選手と触れあうのが、純粋に好きなのだろう。多くの選手と練習をすることも好み、とりわけ若い選手と打つのが「楽しい」という彼は、今大会でもジュニアナンバー1の米国人選手と、開幕前にボールを打ち合った。


「彼はとても良いボールを打っていたよ。楽しいゲームをする。それにすごく礼儀正しい良い子だった。まだ体も成長過程だし、将来が楽しみだね」


 そう言い目を細める姿は、若き才能の萌芽を喜んでいるようである。フェデラーとジュニア選手との練習と言えば、17歳の錦織が、フェデラーと練習し大きな刺激を受けたことは、ファンの間ではよく知られたエピソードだろう。


「圭のことは、練習も一緒にしたので、ずっと前から知っている。ここまで上がってきてくれてすごくうれしい」


 4年前のスイスインドアの決勝で相対した時、錦織はフェデラーからそんなエールを贈られた。

内田暁
テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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