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イビチャ・オシムが見る日本代表の現状
「選手は自信をもって振る舞うべきだ」
74歳の今も精力的な活動を続けるオシム氏。この日も5時間もの車での移動にもかかわらず取材に応じてくれた
74歳の今も精力的な活動を続けるオシム氏。この日も5時間もの車での移動にもかかわらず取材に応じてくれた【宇都宮徹壱】

 ボスニア・ヘルツェゴビナの首都・サラエボで、旧ユーゴスラビア諸国を中心に8クラブが参加したユース大会(正式名称は、4th INTERNATIONAL FOOTBALL TOURNAMENT U-17“PLAY FOOTBALL LIVE LIFE”)が、6月18日から行われた。かつてはひとつの連邦国家を形成しながら、今はそれぞれ「外国人」となってしまった若者たち。戦争もユーゴスラビアも知らない世代が、サラエボという歴史と民族が交錯する街を舞台に、サッカーを通して異文化を理解し、尊重することを学ぶ。この興味深い大会で、プレゼンターを務めていたのが、生粋のサラエボっ子であり、元日本代表監督でもある、イビチャ・オシム氏であった。


 2006年に「日本サッカーの日本化」というテーゼを掲げて、日本代表監督に就任したオシム氏は、しかし翌年の晩秋に病に倒れたため、彼が目指すサッカーは未完のままに終わった。その後、懸命のリハビリを経て08年に日本を去ったオシム氏は、今でも日本サッカーの動向には常に目を配り、ことあるごとにメディアを通してさまざまな提言を行っている。そんな彼に、このほどサラエボでの単独インタビューに成功した。


 このところ体調不良が伝えられていたオシム氏だが、アシマ夫人に伴われながら大会会場に姿を現した時は足取りもしっかりしていて顔色も良かった。その後、お気に入りのレストランで行われた取材でも、時おりラキヤ(旧ユーゴの蒸留酒)を口にしながら1時間以上にわたり、熱っぽい口調でわれわれの取材に応じてくれた。今年で御年74。以前と比べると身体が少しだけ小さく感じられたものの、それでもサッカーへの激しい想いと日本への親しみは今でもまったく変わることはなかった。

「悪いことばかり記憶しない力が必要」

サラエボで行われた国際ユース大会でトロフィーを授与するオシム氏。優勝は自身の古巣であるジェレズニチャル
サラエボで行われた国際ユース大会でトロフィーを授与するオシム氏。優勝は自身の古巣であるジェレズニチャル【宇都宮徹壱】

――まず、オシムさんがプレゼンターとなっている国際ユース大会についてお聞きしたいと思います。やはりサッカーが民族間の相互理解に役立つという考えのもとに開催されているのでしょうか?


 もちろんだ。われわれの間には幾つかのジレンマが存在していた。かつて1つの国(ユーゴスラビア)に6つの国(共和国)があったが、われわれはお互いをよく知らなかった。このトーナメントは子どもたちが「以前とは違う生き方ができる」ということを理解するチャンスとなる。彼らを引率する大人や(応援に来た)保護者にとっても、これは良いことだ。過去に戦争が起こったことは、親の世代に最も責任がある。(彼らが受けてきた)教育の結果、戦争が起きてしまった。そして子どもたちは、今でもその影響を受けている。


 この大会では、子どもたちが親を連れてくるチャンスになる。親は普段、子どもにどう振る舞うべきかを示すわけだが、ここでは親と子の立場は逆転する。つまり(サッカーを通して他民族と)交流したり、話をしたり、知り合うことができることを、子どもが親に対して教えることができるんだよ。長年にわたり、ある思想の下に生きている親の世代は、その考えを変えるのは難しい。だが子どもには(親の世代が不可能だと信じてきたことを)変えるのは可能だ。融和を進める役割を、子どもたちの世代が果たすようになってきている。


――この大会はU−17ですから、戦争も知らなければユーゴスラビアという国があったことも知らない世代ですよね。それだけに彼らがサッカーを通して、他民族の同世代と交流する意義は小さくないと思いました。それにしても今年は、ボスニア戦争が終結して20年です。どう受け止めていますか?


 幸いなことに戦争は終わった。すべての物事に終わりはつきものだ。今は悪いことばかりを記憶しない力が必要だよ。(この20年で)良いこともあったからね。最近だと昨年、センベリヤ(ビイェリナを中心とした北東部地域)に流れているサヴァ川が大洪水を起こした。そうした困難な時に(民族の垣根を越えて)人々は互いに助け合い、困っている人に食事を与えたりベッドを提供していた。われわれは困ったときに、お互いに助け合えることを証明したんだよ。


 私が言いたいのは、こういうことなんだ。われわれは自分が何者であるかを証明するために、わざわざ戦争をする必要はないということ。われわれは(他者から)思われているよりも善良な人間なのだよ。それを子どもたちが見て、何かを感じてくれることは、将来に何かを残すことになる。それを確実にできたならば、人々はより穏やかに、安全に生活することができるだろう。サッカーに関して言えば、融和に役立つ一方で、戦争を生み出すこともある。残念ではあるがね。人もまた、たくさんの間違いを起こす。しかし重要なのは間違いを認め、それを正す力を持つことだ。

「物事は多面的に見なくてはならない」

W杯ブラジル大会で初出場を果たしたボスニア・ヘルツェゴビナ代表は、現在行われているユーロ予選で苦戦中
W杯ブラジル大会で初出場を果たしたボスニア・ヘルツェゴビナ代表は、現在行われているユーロ予選で苦戦中【宇都宮徹壱】

――最近のサッカー界の出来事について伺います。ボスニア・ヘルツェゴビナ代表ですが、ユーロ(欧州選手権)予選でようやく2勝目を挙げることができました(6月13日のイスラエル戦、3−1)。監督がサフェト・スシッチからメフメド・バジダレビッチに代わり、何とか序盤のつまずきから立ち直ろうとしています。


 つまずいたどころの話ではない。悲惨なものだ。本大会の出場権争いから、これほど後退するとは予想していなかった。現実は受け止めなければならないが、監督を替えるという判断についてはあまり賛成できない。それまでのやり方やシステムを、また1から変えていかないといけないからだ。


――では、U−20ワールドカップ(W杯)で優勝したセルビア代表についてはいかがでしょう?


 私が見る限り、彼らは才能があり、勝利に値するチームだった。選手たちも賢く、自分が何をすべきか、何を求められているのかをよく理解している。また彼らは、自分たちの特殊な状況を理解していた。セルビアは世界からよく思われていない。バルカンの戦争において、最も悪者とされていたのが彼らであり、それは常に精神的な負担となっている。そのため(スポーツの国際大会で)良い結果を残すことは、彼らにとって非常に重要な意味を持っていた。


 セルビアは(決勝で対戦した)ブラジルをはじめ、他のチームよりも強い精神力を維持しながらプレーしていた。それに対してブラジルは、精神的な負担を感じていた。A代表が昨年のW杯で惨敗し、もはや王国ではないことを証明してしまっていたからね。セルビアはそれを最大限に利用して、心理的な部分で良い準備をして試合に臨んだ。そこに勝因があったと言える。彼らはトップチームでも十分にやっていけるだろう。


――U−20W杯や女子W杯など、FIFA(国際サッカ連盟)主催の大会が目白押しですが、そのFIFAがスキャンダルにまみれて混乱しています。オシムさんはどうご覧になっていますか?


 物事というのは多面的に見なくてはならない。君も写真を撮るから分かるだろう。角度が変われば、物の見え方も変わってくる。私はFIFAと会長の(ゼップ・)ブラッターがどれだけ悪いことをしてきたのかは分からないが、彼らが良いことを行ってきたのは知っている。彼らはサッカーを世界に開かれたものにして、そのおかげでFIFAの加盟国は国連をしのぐまでになった。そして加盟国に、さまざまな恩恵がもたらされたことも忘れてはならない。


 ボスニア・ヘルツェゴビナという国も、サッカーによって知名度が上った。(FIFAのおかげで)サッカーはひとつのブランドになり、われわれもサッカーによって世界から知られるようになった。また、アジアやアフリカや南米でもW杯が開催されるようになり、それらの地域にも多くの歓喜をもたらした。(こうした不祥事が発覚すると)多くの人々はそうした事実を忘れてしまうものだ。

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著はスポーツナビでの連載をまとめた『J2&J3 フットボール漫遊記』(東邦出版)

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