FC今治と日本サッカーが進むべき道 岡田武史オーナーインタビュー<前編>

宇都宮徹壱

ポゼッションサッカーの終焉と言われ

杭州緑城での岡田監督は、会長やスタッフやサポーターからも尊敬される存在だった 【宇都宮徹壱】

――今回のインタビューに際して、実は私なりの仮説を立てていたことがあって、それは「中国でのチャレンジがFC今治につながっているのではないか」ということなんです。12年から2シーズン指揮を執った杭州緑城では、トップチームの監督だけではなくクラブの育成全体についても見てほしいということをクラブオーナーから要求されていたと思います。そこからクラブをマネジメントするという新たな仕事に開眼した、ということはなかったんでしょうか?

 確かにマネジメントという意味では、あの時にやっていた仕事と近い部分はあるとは思います。ただ、中国でやってきたことと格段に違うのは、経営の部分があるかないかですね。杭州ではサッカーのことだけを考えていればよかったから、その意味ではまだ楽でした。今は来年もどうやってみんなに給料を払っていこうかとか、どうすれば地域の人たちに愛されるだろうかとか、そっちのほうが大変だよね。

 正直に言うと、僕は今まで監督をやってきて、良いサッカーや面白いサッカーをして強ければいいだろうくらいに思っていたところがあった。でも、それだけではダメなんだ。お客さんに対して、心からありがたいと思えることの大切さを、この年齡になって気付かされた。それが自分自身にとって、ものすごく大きな変化でしたね。もちろん中国でやってきたことが、今に生きているところはあるんだけど、それは今やっていることのほんの一部だと思う。今でも現場の仕事は好きだけれど、その前にオーナーとしての仕事をきっちりやらないと、クラブとして存続していかないわけですから。

――その後、昨年に開催されたW杯ブラジル大会を解説者としてご覧になりました。期待された日本代表が、たった3試合でブラジルを去ることになった衝撃というのも、今回の岡田メソッドを作ろうと決意させた大きな要因だったと思いますが。

 僕はザック(アルベルト・ザッケローニ)がすごく良いチームを作ったと思っていたし、彼がやろうとしていたことも日本人にとって良いことだと思っていました。ただ、ちょっとしたメンタル面での弱さだったり、(チーム内での)ボタンの掛け違いや勘違いだったりというものが、ああいった結果を招いてしまった。そしたら大会後に盛んに「ポゼッションサッカーの終焉」と言われるようになって、僕はどきっとしたね。

――というと?

 だって日本には、(アリエン・)ロッベンやクリスティアーノ・ロナウドのように、自分でガーっと持っていける選手がいないじゃないですか。もちろんそういうタレントが出てくるような努力はしているけれど、そう簡単には出てこない。そうなると、数的優位を作ってポゼッションしていかないと。でも、だからといってカウンターを否定しているわけではなくて、カウンターを狙えるときは狙いますよ。そういう「ポゼッションか、カウンターか」と分けて考えようとするから話がおかしくなる。それでも、W杯の結果だけを見て「もうポゼッションの時代ではない」と決めつけるような今の流れというのは、僕は日本にとって良くないことだと思っている。

「接近・展開・連続」を封印した理由

勝利に徹するために理想を封印した2010年W杯。その後の日本代表に何を思うか? 【宇都宮徹壱】

――これは「たられば」になってしまうんですけれど、岡田さんがもし14年の日本代表をW杯で指揮していたならば、やはりザックと同じようなスタイルで臨んだのでしょうか?

 やろうとしたと思うけれど、できたかどうかは別だよね。ただ「僕だったら、こうしただろうな」というのはもちろんある。ザックとは大会前にたまたま食事をする機会があって、その時に「日本人の場合、大会前に調子が良すぎるのはかえって良くない」という話をしたんです。その時はよく分からなかったみたいだけれど、大会後に日本で会った時には「あの時、お前が言っていたことが少し分かった気がする。それにしてもW杯のピッチに立って、死に物狂いで戦わない選手がいるだろうか?」と言っていた。その辺りは僕も大会前から危惧していたことで、「自分たちのサッカー」とか、決して悪いことではないけれど、それ以前に日の丸を付けたからには死に物狂いで戦わなければならない。そういった、ベースの部分を忘れてしまっていたよね。

――10年のW杯南アフリカ大会で岡田さんが見せたサッカーは、ポゼッションを捨てたという意味では理想のサッカーではなかったと思いますが?

 理想っていうとおかしいけど、僕は(2度目の代表監督に就任したときに)「接近・展開・連続」ということを言ったと思う。要するに、日本人が世界と戦っていくためには、数的優位を局地的に作って、相手が寄ってきたらまた数的優位を作ってという戦い方をしていかないと厳しいだろうと。ディフェンスの時間も極力短くして、ひとりひとりが1キロでも多く走ってGKを含めた12人分の運動量で対抗していくしかない。そういうイメージを持っていたんです。でも(W杯では)、ほとんど相手にボールを持たれるだろうし、自分たちがボールを保持していても奪われてカウンターを受けるリスクは高い。勝利することを考えれば、それは違うだろうなと思ったわけです。

――実際、南アフリカでは、強固な守備ブロックを形成して、乾坤一擲(けんこんいってき)のカウンターで活路を見いだすサッカーでした。それでも3−1で勝利したデンマーク戦は、欧州でかなり評価されていたそうですね。

 あの試合では、パスをつなぐところはつないでいますよ。だから欧州の指導者も、あの時の日本サッカーを評価してくれている。けれど、日本では「守備的なサッカー」というレッテルを貼られてしまっているからね(苦笑)。それでも、広い海で嵐に見舞われたら、帆をたたんでじっとしなければならない時もある。相手が強ければ、守備をしなければならない。いくら「自分たちのサッカー」と言っても、相手が速ければ追いかけるしかないんだよ。

 結局、僕がやっていたサッカーは守備的でダメで、ザックの攻撃的なポゼッションサッカーも大会前までは絶賛されていた。それがダメとなると、今度は「縦に速く」とか「球際を強く」でしょ。僕がそれを言っていたときには批判していたのに、何なんだろうと思うよね(笑)。でもまあ、そんなものですよ、世の中って。

<後編につづく>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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