西武の正捕手が炭谷銀仁朗である理由 森友哉はこの高い壁を越えられるか?

中島大輔

お互いを理解するための雄星との会話

打つ方では活躍する森(写真)だが、正捕手の座をつかむためには炭谷という高い壁を超える必要がある 【写真は共同】

 炭谷が今季、この点で腐心しているのが高卒6年目の菊池雄星だ。
 2013年、前半戦だけで9勝を挙げてブレークしかけた菊池だが、今は長いトンネルから抜け出せずにいる。炭谷によれば、投げている球自体は2年前も今も変わらない一方、心の持ちようが大きく異なっているというのだ。

 09年ドラフト1位で入団した左腕は、繊細なメンタルの持ち主だ。13年に飛躍したきっかけのひとつは、試合中、炭谷が細かいことをあえて指摘しないようにしたことにある。そうして菊池は気持ち良く投げ、高いポテンシャルを存分に発揮することで自信を増していった。
 思うように勝ち星をつかめない今季、炭谷は同じ態度を貫いている。ただし、それは試合中に限った話だ。6回2失点で勝ち負けがつかずに終わった5月23日の東北楽天戦後、ふたりはこんな話をしたという。

「雄星は正直、『見逃し三振を取りたい、となるのはいけない』と分かっているけど、高校のときの自分が出るらしいです。僕のバッティングも同じ。プロに入ってからは右打ち、つなぎ、軽打の選手と分かっていながら、高校のときみたいに放り込みたいという気持ちが出ちゃう。だから、雄星の気持ちも分かります」

 互いの心境を理解できるふたりの話は、それぞれの「ライバル」に及んだ。

「雄星は大谷(翔平)がバンバン三振をとるのを見て、悔しい気持ちになるらしいです。『俺もやりたい』となるみたいで。俺も(森)友哉が放り込んだら、頭では分かっていても、そういう気持ちが出る。だから、あいつの気持ちも分かります。でも僕も雄星も、そういう気持ちを捨てないといけない」

 投手と捕手はグラウンドの外で対話し、互いの性格や考え方を知った上で、どうすればマウンドで良さを最大限に発揮できるかと考えていく。それが、投手と正捕手の良好な関係だ。

 もちろん、知るべきは内面の特徴だけではない。例えば同じ内角高めでも、投手によって要求の仕方を使い分ける必要がある。炭谷はインハイについて、「有効でもあるし、危険でもある」と考えているからだ。そこにきちんと投げ込めれば打者にとって打ちにくい球である一方、力んで引っ掛けた場合、打ちごろの甘い球になる。

「インハイとこだわらず、インコースと考えてピッチャーで使い分けています。(岡本)篤志さんはインハイでストライクをとれるけど、岸(孝之)さんや十亀は得意じゃないから、インコースと考えて使っていきます」

送球、ブロッキングも高レベル

 コミュニケーション力で投手の持ち味を引き出すだけでなく、炭谷自身は捕手として高い能力を備えている。そのひとつが送球面だ。強肩とスローイングの正確性、速い送球タイムを兼ね備え、昨季の盗塁阻止率4割4分4厘は12球団トップだった。

 また、ブロックで失点を防ぐシーンも目立っている。5月22日の楽天戦では8回1死一、三塁からレフトフライで三塁走者・銀次がタッチアップすると、炭谷がホームベースをうまく体で隠してレフト・栗山巧の捕殺をサポートした。捕手としては基本的なプレーと言えるが、1点を追いかけるチームにとって極めて大きな貢献だった。

「基礎として、若いときに相馬(勝也・故人)さん、光山(英和)さんに教えてもらったことが生きています。ホームでは、ああいうプレー次第で1点ですからね。1点入ってなおピンチより、チェンジになった方が流れも来ます」

 このとき、体ごと猛進してきた銀次は左すねを強打して登録抹消となったものの、炭谷は元気にマスクをかぶり続けている。こうした体の強さも捕手に不可欠なものだ。
 かくして炭谷は、12球団で数少ない「正捕手」と言えるのである。

 今季、高卒2年目の森が置かれる立場は、あくまで「打者」だ。仮に捕手として出場した場合、打撃に支障が出ることも考えられる。田邊徳雄監督はそうした事情をすべて考慮し、DHで使っていくという決断を下しているのだ。

 すでにベテランの風格を漂わせている炭谷だが、まだ27歳。来季以降も残留し、田邊監督が指揮を執る間は、西武の正捕手として守り続けていくだろう。
 そうしたチームにあって、森は今後、どうやって野球選手としてのキャリアを築いていくのか。あくまで捕手にこだわるなら、炭谷はとてつもなく高い壁だ。

2/2ページ

著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント