スティーブン・ジェラードの旅立ち 笑顔なきラストゲームに感じた“らしさ”

寺沢薫

記者たちから見たジェラード

常にしっかりと取材に応じるジェラードに、記者たちからも感謝の言葉が送られた 【写真:ロイター/アフロ】

 加えて興味深かったのは、彼を取材してきたイングランドの記者たちから見たジェラードの姿である。

 アンフィールドでの最終戦となったクリスタルパレス戦(1−3)に向けた記者会見が終わった後、メディアからジェラードにプレゼントが贈られた。それは赤いユニホームと背番号8をあしらった特注のパンケーキだった。そして、地元紙『リバプール・エコー』の編集者ジョン・トンプソンがプレスの代表としてスピーチを行い、常にしっかりと取材に応じるジェラードにこんな感謝の言葉を述べた。

「スティーブン・ジェラードを2分取材することは、スポーツライター、ブロードキャスター、エディターにとって、他の選手と15分話すよりも大きな価値があった」

 他にも、ジェラードを長く知る各紙記者たちが語るジェラード像は、彼のキャラクターを端的に示すものばかりだった。

「最近のフットボーラーには決まり文句ばかりの優等生が多いが、スティーブンはいつも正直で、誠実だった。良いときも悪いときも、ありのままに話してくれるし、逃げも隠れもしなかった」(リバプール・エコーのジェイムズ・ピアース記者)

「今も昔もチームメートがジェラードについて否定的なことを言ったのは聞いたことがない」(タイムズのトニー・バレット記者)

「彼がドレッシングルームに入ると、ジョークがやみ、どんなお調子者でも耳を傾ける」(インデペンデントのアンディ・ハンター記者)

 また、『テレグラフ』のヘンリー・ウィンター記者からは、彼が日常的に病院を訪問して熱心にチャリティー活動を行っていることや、病気になった同僚の記者とその家族に励ましの手紙を送り、彼らを勇気づけたというピッチ外のエピソードも明かされている。

最後までリバプールのファンに忠誠を誓う

「リバプールのファンからもらった拍手の方がうれしかった」と、ジェラードは最後までリバプールのファンに忠誠を誓った 【写真:ロイター/アフロ】

 ジェラードと接してきた記者たちは、必ずと言っていいほど「正直」「誠実」という言葉を使って彼を説明する。つい最近も、そんな一面が垣間見られるシーンがあった。

 去る5月10日、1−1で引き分けたスタンフォード・ブリッジでのチェルシー戦での一幕だ。チェルシーのファンやジョゼ・モウリーニョ監督は、79分に交代でピッチを退いたジェラードに対し、スタンディングオベーションを贈った。長年しのぎを削ってきたライバルが示した温かい“リスペクトの証”だったが、ジェラードはあくまでも正直に、少しぶっきらぼうにこう言い放ったのだ。

「リバプールのファンからもらった拍手の方がうれしかったよ。チェルシーのファンは、今日の数秒間だけ、僕に敬意を払ってくれた。でも、僕がチェルシーと契約しなかったことで、彼らのファンは何年も僕に野次を浴びせ続けてきた。ああしてくれたのは素敵だけれど、だからといってチェルシーのファンにグッドラックとは言えないよ。僕にとって大事なのは、リバプールのファンから素晴らしいサポートを受けてきたということだけなんだ」

 ただチェルシーのファンに感謝を告げ、美談にすることもできた。しかし、ジェラードは“優等生”な振る舞いをよしとせず、最後までリバプールのファンに忠誠を誓った。どこか不器用だが、素朴で、職人気質の愛すべき男。リバプールのエースであり、リーダーであり、ローカルヒーロー。それがジェラードなのだ。

 この夏、故郷の港町から大海原へと旅立つ英雄は、これからも不屈の精神力で荒波を乗り越え、その実直な人柄で、新たに出会う人々とも素敵な関係を築いていくのだろう。

 ロサンゼルス・ギャラクシー(米国)での新たな航海の無事を、心から祈りたい。

2/2ページ

著者プロフィール

1984年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』編集部を経て、株式会社フットメディア(http://www.footmedia.jp/)在籍時にはプレミアリーグなど海外サッカー中継を中心としたテレビ番組制作に携わりながら、ライター、編集者、翻訳者として活動。ライターとしては『Number』『フットボリスタ』『ワールドサッカーキング』などに寄稿する

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント