G大阪との再戦から見る松本山雅の可能性 3冠王者から送られた新参者へのエール

元川悦子

課題は“ちょっとしたミス”

「J1はわずかなスキを見せるだけでやられる」と口を酸っぱくして言い続けている反町監督の言葉通り、1度のミスでG大阪に失点を許した 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 山雅にとって痛かったのは、中盤の要・喜山康平の出場停止。「喜山君がいればもっとアグレッシブに来れたと思う」と長谷川健太監督もコメントした通り、喜山と岩間雄大のボランチコンビがチームを支えてきたところは多分にある。このマイナス面をカバーするため、反町監督は岩間をアンカーに置き、その前のインサイドハーフに岩上祐三と鐡戸裕史を入れる布陣変更を実施。最前線にオビナと石原を並べる形でスタートした。北信越リーグ時代の09年から山雅の生き証人として奮闘し続ける鐡戸はこの日が念願のJ1デビュー。彼の奮起も大いに期待された。

 G大阪は山雅より試合間隔が1日少なく、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)との掛け持ちでチーム全体が疲労困憊(こんぱい)。5月2日の浦和との首位攻防戦を見据えて、今野と倉田秋を温存したほどだ。そういう意味では山雅にもつけ入るスキはあったはずだが、山雅も連戦の疲れのせいか出足が鈍い。「前半は思ったほどアグレッシブに来なかった」と長谷川監督が指摘し、宇佐美も「向こうの方が圧倒的に運動量があって厳しい感じはなかった。セットプレーさえ気をつけていれば問題ないと、気持ち的に優位に立ちながらやれた」と余裕をのぞかせたように、山雅は相手に脅威を与え切れていないところがあった。

 そこで今季の課題である“ちょっとしたミス”が出てしまう。前半16分、左サイド・岩沼俊介の縦パスを阿部浩之がカット。こぼれ球を拾った石原が不用意に送ったバックパスの先に待ち構えていたのが宇佐美だった。絶対的点取屋は猛烈な勢いでゴールへ突進。右に流れたパトリックにいったん預け、DFが下がったところでリターンを受け、右足を一閃。確実に先制点を決めてきた。前回対戦時の彼はドイツから帰国したばかりで、攻守両面に絡む意識が今ほど高くなかった。その課題を反町監督から「宇佐美はパスを出した後、歩いている」と公の場で指摘され、悔しさが募っていたに違いない。この一撃にはリベンジへの強い意欲が凝縮されていた。

「こういうミスが試合で起きないように、俺は練習からうるさく言ってる。1つの単純なバックパスのミスから負けるのが現実なんだよ。前向きなミスはカバーできるけれど、後ろ向きのミスはそれで試合が終わっちゃう。本当に今日は情けないよ」と田中も失望感をあらわにしたが、宇佐美の先制点にはそれだけ大きなインパクトがあった。実際、山雅は前半終了時点まで球際で負けたり、得点の形が作り切れず、迫力を欠いてしまった。

突きつけられた新たな課題

 このまま終われない後半の山雅は、より高い位置を取って攻めに出た。15分が経過したタイミングで反町監督は鐡戸と石原に代えて前田と阿部吉朗をダブル投入。相手がスイッチを入れようとしているのを見て、長谷川監督も温存していた今野を投入。中盤の引き締めを図る。G大阪は足が止まりかけていただけに、この交代は非常に効果的だった。

 山雅はここからすさまじい反撃を見せた。2シーズン前の2戦ではG大阪相手に主導権を握って攻め込む形は皆無に近かったが、この時間帯は相手の疲労、米倉恒貴の負傷などの追い風もあって山雅がペースをつかむ。後半21分には岩上がGK東口順昭と1対1になる決定機も作った。これは難なくセーブされたが、流れの中からビッグチャンスを演出できるようになったのは大きな前進だ。反町監督も「2年前とは雲泥の差」とチームの進化を実感した様子だった。

 ただ、そこで決めきれないのが、山雅の現時点での実力と言わざるを得ない。「あの時間帯は苦しかったけれど、向こうはボールを持ったらどうしたらいいか分からない状況だったのかな。あまり怖さは感じなかった」と丹羽は率直な感想を口にした。クローザーとして確実に試合を締めた今野も「セットプレーや走力を徹底してくる反町さんのスタイルは物すごく良いと思うし、ある程度は勝ち点を稼げると思う。だけど僕らもこの2年間で一瞬のスキをなくすことに努めてきたから最終的に1−0で終われた。正直、力の差は以前より広がったかな」と簡単にゴールを割らせない自信をのぞかせた。

 G大阪の今季J1通算失点は9試合終了時点で8。上位陣の中では浦和、広島、FC東京に続いて4番目だ。山雅が上位陣から勝ち点を拾おうと思うなら、彼らの堅守を打ち破る工夫やアイデアが必要になる。これまで反町監督はセットプレーやカウンターを研ぎ澄ませることで得点力アップを図ってきたが、J1残留、定着を狙うなら、流れの中からのゴールを増やす術をもっと考えるべきだ。そこはG大阪との再戦から突きつけられた新たな課題ではないか。

遠藤「慣れてくれば非常に厄介な相手」

出場停止でG大阪戦に出場できなかった喜山が、6日の甲府戦で得点を挙げた 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 解決策のヒントになりそうなのが、5月6日のヴァンフォーレ甲府戦で挙げた喜山の先制点だ。この場面で山雅は中盤にいた喜山が右サイドに開いたオビナに展開。そこからのクロスに岩間が飛び込んでヘッドで落とし、ファーサイドから喜山が走ってゴールを決めている。3列目の2人が最前線に駆け上がるダイナミックさを出したから得点に結びついたのだ。昨季までは船山という絶対的エースがいたが、今季はまだ2列目の点取屋が確立されていない。だからこそ、飯田真輝の上がりなど、意外性のある攻めを追求していくことが肝要だろう。

「松本はJ1初年度ですし、まだまだいろんな面で慣れは必要かなと。Jリーグ自体そんなに大きな差がないし、彼らはホームで強いし、反町さんのスタイルを貫き通せるチーム。慣れてくれば非常に厄介な相手になると思います」と遠藤は着々と地力を蓄えつつある新参者にエールを送っていた。

 この一戦で得た収穫と課題をどう今後につなげるか。日本トップ15入りを目指す戦いはここからが正念場だ。

書籍紹介『勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ』

『勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ』 【汐文社】

著者:元川悦子
発行:汐文社

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 松本山雅を強くしたのはいったい誰なのか?

 反町康治監督らスタッフ、選手、クラブを支える人々への膨大なインタビューから、観るものを感動させる「信州松本のフットボール」の核心に迫る!!

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<目次>
序 章 2014年11月1日――永遠の記憶となった日
第一章 J2「22番目」からの挑戦――知将・反町康治監督の就任
第二章 敗戦から何を学ぶのか?――2012シーズンの戦い
第三章 足りなかったものは「勝ち点1」だけではない――2013シーズンの戦い
第四章 「山雅スタイル」の集大成で獲得したJ1への切符――2014シーズンの戦い
第五章 クラブ創立50周年、そして次の50年へ――未来永劫愛されるクラブになるために
終 章 「日本のトップ15」に入るための戦い
あとがき

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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