NECを優勝に導いた2人のセッター 秋山美幸と山口かなめが歩んだ苦悩の日々

田中夕子

決意のシーズンに臨んだ秋山

度重なる負傷に悩まされながらも、秋山は決意のシーズンに臨んでいた 【坂本清】

 一方、秋山は大学時代に左肩の腱板を断裂し、NECに入社後、今度は右肩の腱板断裂。トスをするために両手を上げるどころか、ドアノブも回せず、フライパンを持つことすらできないほどの痛みに見舞われた。

 現役続行のために、というよりも、日常生活に支障をきたさないように、と2011年に手術を敢行。まず炎症のひどかった右、落ち着いたら次は左。術後は激痛に見舞われ、眠れない夜も当たり前。退院後も常にどちらかの肩を固定した状態で、チームを離れ、長いリハビリ生活を余儀なくされた。

 ようやく体育館に戻っても、周りの選手たちと同じようにボールを使った練習はできない。少しずつ地道にトレーニングを続け、まずは肩に負担がかからないよう、肩甲骨から動かすことを意識してボールを投げる。それができたら次は両手でボールを上に上げる。痛みがない状態でトスを上げられるようになるまでには、1年以上の月日を擁した。それだけでも十分なケガとの戦いであるはずなのに、本格復帰を果たした昨シーズン、試合中にトスを上げようとネット際でジャンプした際、着地の体勢が崩れ、今度は左膝前十字靭帯(じんたい)を損傷。三度目の手術を敢行した。

「さすがにもう引退かな、と思っていました」

 30歳を迎えるシーズン、自分は再びコートに立つことができるのか。不安を抱かなかったわけではない。だが、ベテラン選手が抜け、若手を主体にしたチームでまだすべきことがあるのではないか。いまだ経験したことのない優勝に向け、力を尽くそう。今季は決意のシーズンでもあった。

ファイナル6で生まれた変化

 スタートは山口で、終盤に秋山を投入する。レギュラーラウンドの中盤からは、それがNECの形になった。当初は山口のトスや試合運びが崩れた場面で秋山を入れる、という状況も少なくなかったが、ファイナル6に入ってからは、明らかな変化が生まれた。

 ファイナル6の開幕前日、それまでチームの得点源であったイエリズ・バシャが右手親指を骨折し、欠場を余儀なくされた。チームにとって暗雲が漂う非常事態ではあったが、代わって入った柳田を生かすべく、山口はバックアタックを多用した。

「柳田が入ると、ミドルのクイックと同じテンポで攻撃できる。相手からすれば、イエリズの時はミドル(の攻撃)を見てからサイドをカバーしても間に合っていたけれど、柳田はミドルと同じタイミングで攻撃に入ってくるからどっちをマークしていいか分からず、ブロックが分散する。これはうまく使えば武器になる、と感じました」

 ファイナル6、ファイナル3のみならず、柳田の攻撃は久光製薬との決勝戦でも冴え渡った。クロス、ストレートとコースを変えて鋭角に放つスパイクだけでなく、相手のディフェンスの間を狙ったフェイントや、巧妙なブロックアウト。久光製薬の中田久美監督が「好きなようにやられてしまった」と脱帽したほど、自在で多彩な攻撃を決めてみせた。

すべてがようやく報われた瞬間

来季は連覇に挑戦する。NECの時代を築くことはできるか 【坂本清】

 加えて、チームの攻守の要であり、久光製薬からは「要注意」と警戒されていた近江をどう使うか。それもNECにとっては1つの大きなポイントだったが、柔らかなトスで近江を生かしたのが、決勝でも中盤から山口に代わって入った秋山だった。

 相手のスパイクをレシーブしたボールをセッターに高く返す間、しっかり助走を取り、近江がスパイクに入る。その間を使って秋山も相手のブロッカーが構えた位置を見て、1本目はやや中央寄りにふわりと上げたら、次はアンテナの先まで伸びるようなトスを上げる。スパイク技術もさることながら、上がってくるトスに対して絶対的な信頼感があったからこそ決められた、と近江は言う。

「セッターのトスに全く不安がなかった。自分が入れば絶対その場所に来る、と信じていたから、常に思い切り助走へ入ることができて、一番打ちやすいポイントで気持ちよくスパイクを打つことができました」

 山口は「いい形でアキさんにバトンタッチしたかった」と言い、秋山は「山口がつくった流れをいい形でつなぎたかった」と言う。互いの持ち味を生かし、アタッカーを生かす。2人のセッターが共につくり上げたゲームプランは、決勝という大舞台で、完璧と称してもいいほど機能した。

 10年振りの、そして自身にとってはVリーグで初めての優勝を決めた瞬間、秋山は大粒の涙を拭うように、両手で顔を覆った。大エースと呼べる選手がいないチームで、頂点に立った喜び。二度と上がらないと思っていた両肩で、ズシリと重いトロフィーを高々と掲げることができた喜び。

「ここまで続けてきて本当によかった。連覇に挑戦できる喜びやプレッシャーにも感謝しながら、NECの時代を築いていきたいです」

 すべてがようやく報われた瞬間だった。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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