ハリルホジッチが得た「リスク」の対価 指揮官の非凡さを感じさせた3つの要素

宇都宮徹壱

指揮官が負った「大きなリスク」

柴崎はトップ下で途中出場。本来のポジションではなかったが、随所に光るプレーを見せた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

「選手にはおめでとうと言いたい。それから、素晴らしい10日間の合宿ができたことについて、スタッフに感謝したい。この2試合で27人の選手を使ったが、これは大きなリスクだった。それでも選手たちは、ハーモニーと競争心を持ってプレーしてくれた。本当に素晴らしい門出だったと思う」

 試合後の会見に臨んだハリルホジッチは、安堵(あんど)感5割、誇らしさ3割、そして興奮2割という感じで記者たちの質問に応えていた。「大きなリスク」というのは、当人の偽らざる実感であろう。3月シリーズの2試合は、確かに「W杯予選に向けたテストの場」であったものの、ここで結果や内容が伴わないと、選手や世論の支持が得られなくなる可能性は十分にあった。そうしたリスクを覚悟の上で、ハリルホジッチは2人のGKと離脱選手を除くすべての招集メンバーをピッチに送り出している。そして彼らの力量を確認すると同時に、自身の非凡な手腕をアピールすることにも成功した。リスクの対価としては、十分に満足できるものであろう。

 このウズベキスタン戦について言えば、(1)選手たちの新たなポテンシャルを見いだし、(2)臨機応変なサッカーを披露し、(3)メンタル面での変革を促す、という3つのミッションを同時に実現させたところに、ハリルホジッチの非凡さが感じられた。まず(1)について。後半、水本裕貴をボランチに、柴崎をトップ下に、それぞれ起用したことには驚かされた。前者は最終ライン、後者はボランチが主戦場。それでもハリルホジッチは、水本に対人(とりわけ空中戦)の強さを、そして柴崎にアイデアの豊富さと思い切りの良さを見いだし、それらは見事に発揮されることとなった。と同時に、チームのバリエーションが増えたことも見逃せない。この2試合でのボランチの組み合わせは、長谷部誠と山口蛍、長谷部と今野、今野と青山、そして青山と水本の4パターン。トップ下では、清武弘嗣、香川、そして柴崎が試された。今後、中盤の構成と人選は、よりコンペティティブとなると同時に、さまざまな組み合わせが可能となるのは心強い限りだ。

 そして(2)と(3)。後半の日本は、守備ブロックをあえて下げることで相手の背後にスペースを作り、そこでカウンターを仕掛けるという「罠を仕掛けた」(ハリルホジッチ)。言葉にするのは簡単だが、W杯での日本は「自分たちのサッカー」に拘泥するあまり、相手や状況に応じた柔軟さが著しく欠けていた。そしてW杯で露呈したメンタル面での不安定さは、具体的な対策がとられないまま今年のアジアカップに持ち越され、ベスト8止まりという不本意な結果の要因にもなった。だが、この日の選手たちの自信あふれるプレーや積極性、そして決定力の高さを見ていると、ハリルホジッチの指導が戦術面のみならず、選手のメンタル面にも好影響を与えているように感じられた。もちろん、この点については今後も注意深い観察が必要だ。それでも指揮官は「勇気」「自信」「コンプレックス」など、選手のメンタル面に関する言及をたびたびしており、今後のチーム作りの過程でさらなる向上が期待できそうだ。

あらためて実感する、3月シリーズの重要性

試合後には円陣を組み、勝利を祝うなどチームに一体感が見られた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 かくして、チュニジアとウズベキスタンを迎えての3月シリーズは、日本の連勝という理想的な形で終えることとなった。あらためて実感するのは、「3月シリーズにハリルホジッチの就任が間に合って良かった」というものである。実のところアギーレの契約解除が決まった当初、私は「後任選びは欧州のシーズンが終わるまで続けても良いのではないか」と思っていたし、そのような主旨の原稿も書いた。だが今となっては、謹んでこの考えを撤回させていただく。と同時に、あらためて技術委員会の迅速な仕事ぶりに感謝したい。

 仮にもし、ハリルホジッチの就任が2次予選直前までずれ込んでいたら、どうなっていただろうか。当然ながら、日本の選手に関する情報をほとんど持たないまま、ぶっつけで予選を向かることになる。そうなると彼が選ぶメンバーは「実績重視」となり、アジアカップの時とあまり代わり映えのしない陣容がピッチに並んでいた可能性は否定できないだろう。そんな新監督に対して、われわれファンやメディアもまた、ある種の疑心暗鬼の眼差しを向けていたかもしれない。

 この3月シリーズでの収穫は、まずハリルホジッチが「これは」と思う人材を集めてチャンスを与え、それぞれの個性と特長、そしてチームへの適正をしっかりチェックできたこと。のみならず、選手の心をがっちり掌握することができたこと(試合後、選手たちが監督を取り囲むように円陣を組んだのはその好例である)。さらに、この2試合で「新しい日本代表」の方向性と魅力をいかんなく披露し、多くの日本のファンから承認を得られたことである。もちろん私たちが目にしたのは、ハリルホジッチという指揮官の一面でしかない。それでも「この人だったら、一緒にロシアを目指すのも楽しそうだな」という確かな手応えを(少なくとも私は)得ることができた。

 もっとも取材者にとっては、練習の非公開が多かったり、ミックスゾーンでの質問の時間も時おり制限されるなど不便なこともある(どうもハリルホジッチには、メディアの取材範囲をコントロールしたがる傾向があるようだ)。その一方で、会見の冒頭に日本語であいさつするなど、この国の文化に速やかに溶け込もうとする意欲が感じられるのはうれしい。いろいろと癖のある人物ではあるが、「2018年のロシア」という同じ方向に向かって共に歩んでいこう──そんな思いを新たにした、今回の3月シリーズであった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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