ソチ金・鈴木猛史の飽くなき挑戦 「全種目で金」を目指すが故の危機感

瀬長あすか

「圧倒的な強さ」を求めて

今季、世界王者にも輝いた鈴木(中央)だが、兄貴分の森井(左)から見ると、「まだまだ甘い」と厳しい 【堀切功】

 昨年のソチパラリンピックでは、その高いスキー技術で荒れたコースを攻略し、苦手な高速系種目の滑降(ダウンヒル)でも銅メダルを獲得した。技術系の回転でパラリンピック連覇を狙う鈴木は、他の日本代表選手と同様に、複数種目でメダルを取ることができるオールラウンダーを目指し、平昌パラリンピックの目標を「すべての種目で金メダル」と、高く設定している。

「もっと圧倒的な強さを手に入れたいんです。今シーズンは好調と思われているかもしれませんが回転以外の種目は順位が落ちているし、世界のレベルが上がった危機感もあります。(鈴木が金メダルを取った)ソチの回転で1本目を1位で通過したクロアチアの選手も確実にタイムを上げてきていて、3年後には脅威になると思う。平昌では1本目からぶっちぎりの1位になれるように準備をしていきたい」

 その課題として鈴木は、長年取り組んでいる肉体改造をあげる。最短距離で旗門を通過するために体の安定性が求められるが、兄貴分の森井も「猛史は選手としての意識は高くなったけれど、トレーニング面がまだまだ甘い」と叱咤(しった)する。昨年から日本チームの体制強化の一環として、チームにトレーナーが帯同するようになった好材料もあり、森井は「フィジカルを強化した猛史のタイムがどれだけ伸びるか楽しみ」と期待を寄せていた。

無くなった日本のアドバンテージ

平昌パラリンピックで「すべての種目で金メダル」を目指す鈴木は、世界で唯一習得している「逆手」の技術の昇華だけでなく、圧倒的な強さを求め、飽くなき挑戦を続けている 【堀切功】

 もう1つ、チームを挙げて取り組んでいるのが用具の改良だ。ウインタースポーツの中でも特段、用具への依存度が高いのが障がい者スポーツ。とくに座位カテゴリーの選手たちは、車いすメーカーなどとタッグを組んでチェアスキーを開発し、パーツにもこだわって改良を重ねてきた。それが、10年バンクーバーパラリンピックで5個のメダル、昨年のソチで3個の金メダルを含む6個のメダルを獲得した強さの秘密でもあった。しかし、いまやその日本製のマシンが世界のスタンダードとなり、日本のアドバンテージが無くなりつつあるのだ。

 鈴木が危機感を強めたのは先の世界選手権だった。もともとモトクロスレーサーで、チェアスキーのサスペンション(滑走時に衝撃を吸収する役割を果たす部分)のセッティング技術が高い、ピーター・コリー(ニュージーランド)が3個のメダルを獲得する活躍を見せたからだ。

「ついに用具面で抜かれた。このままでは平昌で金メダルはおろかメダルを取れるかどうかも見えなくなってしまう。何かを変えなくてはいけないと強く思いました」

 日本チームはソチの後にサスペンションを海外メーカーから日本メーカーのものに戻し、改良している最中だ。選手たちは、障がいのレベルや特性により、体の使い方が異なるため、サスペンションの硬さやシートなどを実際に滑走しながら調整していく。ジャパンパラ閉幕後も、安比高原(岩手)に再び集結し、エンジニアらと滑走テストを行っている。

「平昌の前年までに絶対負けないモノをつくる」と鈴木。日本チームは、他にも足の部分を覆って空気抵抗を軽減するパーツやチェアスキー全体の開発も視野に入れ、用具づくりに注力していくという。

「平昌まであと3年は短い。やらなければならないことがたくさんあります。全体が進化し、競争が高まっていく中で(世界の第一線で活躍している日本の)先輩たちのタイムも速くなっていくと思います。僕もそんな先輩たちに追いつける、いえ、超えられるように頑張ります」

 チームで2番目に若い26歳の鈴木猛史は、金メダリストのプレッシャーを背負った初めての1年を終えた。

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著者プロフィール

1980年生まれ。制作会社で雑誌・広報紙などを手がけた後、フリーランスの編集者兼ライターに。2003年に見たブラインドサッカーに魅了され、04年アテネパラリンピックから本格的に障害者スポーツの取材を開始。10年のウィルチェアーラグビー世界選手権(カナダ)などを取材

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