新監督が初陣で見せた“道”とは何か? チュニジア戦でのハリル采配を読み解く

宇都宮徹壱

試合を決めたのはザック時代の“遺産”だが

後半15分に本田と香川が同時投入されると、見違えるように攻撃力が活性化した 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 後半それまで停滞気味だったスタンドが一気に沸騰したのが、後半15分。ハリルホジッチは、永井と清武を下げて、本田と香川を同時に投入する(このような大胆な采配は、過去の代表戦ではまったく記憶にない)。さらに後半27分には川又と武藤に代えて、岡崎と宇佐美貴史がピッチに送り込まれる。宇佐美もこれが代表初キャップ。そしてこの時点で、日本の攻撃の4枚は、そっくり入れ替わることになった。運動量やスピードでは明らかに見劣りする本田と宇佐美を左右に配したことで、「スピードを生かした縦方向の攻撃」というコンセプトは必然的に撤回される。しかし結果として、この布陣になってからの日本は、見違えるように攻撃力が活性化する。

 後半33分、岡崎のパスを受けた香川が、縦に長めのスルーパスを送り、左サイドに走り込んできた本田が何とか追いついてクロスを供給。これを逆サイドで岡崎がヘディングでネットを揺らす。日本の待望の先制点は、ハリルホジッチ体制のファーストゴールとなった。その5分後には追加点。宇佐美、岡崎、香川とボールがつながり、左サイドから香川が折り返したボールはGKがいったんはじくものの、セカンドボールを本田が倒れこみながら左足で確実に詰めた。

 結局のところ、試合を決めたのは新戦力ではなく、ザッケローニ時代の“遺産”であったのは興味深い。ただし、本田、香川、岡崎のホットラインに、代表初キャップの宇佐美が違和感なくフィットしていたのは好材料と言えよう。44分、香川のスルーパスを受けて放ったシュートは、惜しくもファーポストに嫌われてしまったが、わずか18分のプレー時間で存分にアピールしていた。ファイナルスコアは2−0。チュニジアは「新しい戦力を試す」(ジュルジュ・レーケンス監督)という意図はあったものの、前半の日本に比べればはるかに連携がとれた好チームであった。そんな手強い相手に対して、チーム初動の状態で勝ち切ることができたのは十分に評価できよう。

 その上で、前記した4つのコンセプトを当てはめてみるとどうなるか。(1)については、後半のパスサッカーによる2ゴールは「ブラボー!」の一言であったが、前半で見せたカウンターの意識は消化不良。まだまだ精度と練度を上げてゆく必要がある。(2)の全員攻撃と全員守備も同様。(3)については、規律と運動量はぎりぎり及第点を与えられそうだが、球際の強さはまだまだといったところ。そして(4)。現状では特定の選手に依存せざるを得ず、総力戦で戦えるほどの新戦力がそろうには時間がかかることが、この日のゲームであらためて明らかになったと言えるだろう。

指揮官が勝利にこだわった理由

試合後、笑顔を見せながら観客の声援に応えていたハリルホジッチ新監督 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 では、このチュニジア戦の収穫は何か? その答えはいたってシンプルで「勝利したこと」だと思う。そしてこの勝利を最も渇望していたのは、他ならぬハリルホジッチ自身であった。試合後の会見で指揮官は「この勝利は、われわれにとって非常に重要なものだった。3〜4日間のトレーニングで合理的な変化を起こすことができた」と述べている。ただし、ハリルホジッチが初陣の勝利に強くこだわったのは、何も本人が「負けず嫌いだから」という理由だけではなかったはずだ。

 ハリルホジッチは、非常にプレゼンテーションを重視している指導者だ。それは、パワーポイントを使ったメンバー発表会見を見れば明らかである。チュニジアを迎えての初陣は、準備期間が少なくない中、それでも「自らの方向性をしっかり示す」ことと「日本のファンに希望を与えられるだけの結果を残す」という、2つのミッションを同時に果たす必要があった。ところが前半のフレッシュなメンバーは、(特に攻撃面において)なかなか期待通りの結果を出すことができなかった。そこで当初のプランを撤回し、前線の顔ぶれをそっくり入れ替える決断を下す。そのタイミングと思い切りの良さは絶妙であったが、実のところ指揮官自身もかなり追い詰められていたように感じられた。

 これは密かな確信に基づく想像だが、プレゼン重視や勝利へのこだわりといったハリルホジッチの基本姿勢は、当人が歩んできた苛烈な半生に負うところが大きかったのではないか。現役時代にフランスで成功したものの、そこで得た資産の大半をボスニア・ヘルツェゴビナ紛争によって失い、ほとんど裸一貫でフランスでいちから指導者としての道を歩んできた。そこで得た教訓は「承認されること」の大切さであったと思う。指導者としての自らの方向性をクライアントに認めてもらうには、そのコンセプトを明確にプレゼンし、しかるべきタイミングできっちりと成果を見せなければならない。

 もちろんそれは、すべての監督に当てはまることではある。が、戦火で祖国を追われたトラウマを持つボスニア出身の指導者にしてみれば、その切実の度合いがまるで違っている(その点に関していえば、前任者のハビエル・アギーレと比べてみても分かりやすい)。加えてハリルホジッチは、ザッケローニが固定化し、アギーレも(アジアカップまで時間がなかったとはいえ)結果的に原点回帰したチームを、2018年のW杯ロシア大会までに根こそぎ刷新しようとしている(遠藤保仁の招集を見送ったのはその第一段階と言えるし、長谷部に代わるキャプテンを選定することも示唆している)。当然、そのためには多くの困難と痛みを伴うわけで、そのミッションの難しさと大切さを国民レベルで理解してもらうためにも、初陣での勝利は非常に大きな意味を持っていた。

「私が“道”を見せることができたことを、皆さんには受け止めていただきたい。それは日本代表にとっても、日本国民の皆さんにとっても、良い“道”になると思う」──そう、ハリルホジッチは力強く語った。その“道”の向こう側には、どんな景色が広がっているのだろうか。それをしかと見届けるべく、これから3年間、ハリルホジッチ率いる日本代表の動向を追いかけてゆくことにしたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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