錦織圭から若き才能たちが学んだこと デビス杯での経験を飛躍のステップに

内田暁

1年前、錦織とペアを組んだ期待の大器

1年前のデビス杯カナダ戦、内山靖崇(右)は錦織圭とペアを組んだダブルスで勝利。大きな自信と経験を得ることになる 【写真は共同】

「ウッチー、明日行くか!」

 それは今から1年前、2014年2月のデビス杯ワールドグループ(※)初戦の対カナダ戦でのことである。両チーム1勝1敗で星を分け迎えたダブルスを“錦織圭(日清食品)・内山靖崇(北日本物産)”ペアで戦うことは、その錦織の一言で決まった。大会初日にシングルスで快勝を収めた錦織が、クールダウンのためにロッカールームでバイクを漕ぎながら、後輩に掛けた言葉である。

 この大会開幕前日に発表されたオーダーでは、日本のダブルスペアは内山・杉田祐一(三菱電機)となっていた。だがデビス杯では、試合開始1時間前まではメンバー変更が許される。そして日本は、エースの錦織がシングルス2試合に加え、ダブルスにもメンバー変更の末に参戦したのだった。

 錦織が「ウッチー」と親しみを込めて呼ぶ当時21歳の内山は、錦織同様に盛田正明テニス・ファンドの支援を受けて、米IMGアカデミーに約4年間留学した期待の大器。デビス杯日本代表にも主にダブルス要員として定着し始めたが、13年4月の対韓国戦では、日本は勝利するも内山はダブルスで完敗を喫し、一人歓喜の波に乗り切れずにいた。

「素晴らしい潜在能力の持ち主だ」

 それが多くの指導者や関係者が常々口にする内山評である。だがその賛辞の裏には、「精神面が弱い」という酷評の影が常に付きまといもする。実際にこれまで内山は、プレッシャーの掛かる局面で、持てる力を出しきれず敗れることが幾度かあった。デ杯の韓国戦もそうだったし、その後は代表から外れた時期もある。

 そうして再び代表に呼ばれた14年、前述のカナダ戦――。

 内山に求められたのは、ダブルスでチームに勝利をもたらすことである。対するカナダチームが送り込むのは、グランドスラム6度のタイトルを誇るダニエル・ネスター擁する、強豪ペア。実績では、相手が大きく上回る。だがその分、もし日本がダブルスで勝てば、それは単なる1勝以上の勇気と勢いを仲間に与えるのは間違いなかった。

 その一戦への参戦を志願した錦織は、試合前に緊張で顔をこわばらせていた後輩に明るく声を掛けた。

「先のことは考えないで、自分のプレーをやってくれればいいから」

 この一言が、パートナーの心から重圧をスッと取り除く。錦織と並んでコートに立った内山は、前衛ではダイナミックな動きでボレーを決め、後衛時にも力強いストロークでラリーを支配した。試合は、6−3、7−6(3)、4−6、6−4のスコアで日本ペアが快勝。錦織の攻撃に呼応するように、内山の潜在能力が呼び起こされた試合だった。

自信と経験が内山を成長させた

再びカナダと相まみえた内山は添田豪(右端)とダブルスに出場。惜しくも敗れたが堂々たるパフォーマンスを披露した 【Getty Images Sport】

「あの試合で思えたのは、自分が力を出せば、ネスターのような選手にも勝つチャンスはあるんだということ。最初はネスターに対してリスペクトがあり、『うまいんだろうな』と思っていました。でも途中から良い意味で、相手が大きく見えなくなっていたんです」。

 内山は1年前のあの試合を、そう振り返る。そして、こうも言い加えた。「それを引き出してくれたのは、圭君だったのは事実です。すごく自分にとって大きな試合でした」。

 それから1年後――。奇しくも会場を敵地に移し再び相まみえた今年3月のカナダ戦で、内山は添田豪(GODAIテニスカレッジ)と組み、やはりネスター擁するカナダペアと対峙した。しかも今回のネスターのパートナーは、昨年のウィンブルドン・ダブルスで優勝しているバセク・ポスピシルである。実績やランキングを見れば、カナダの圧倒的優位は動かない。それでも日本ペアは抜群の連携と躍動感あふれるプレーを見せ、下馬評で大きく勝る相手と伍して戦った。特に内山は、カナダの大応援団に対しても「盛り上がっているな」程度にしか思わぬ強い気持ちで、堂々たるパフォーマンスを披露する。

 結果的には大接戦の末に5−7、6−2、3−6、6−3、3−6で敗れたが、内山は「相手からのプレッシャーを感じることは無かった。僕らのプレーが相手にプレッシャーを掛けていたと思うし、ランキングの差は感じなかった」と試合後に断言する。1年前に得た自信と経験が、若い彼を大きく成長させていた。


※デビス杯はテニスの国別対抗戦。日本は、16カ国で構成される最も上のカテゴリー“ワールドグループ”に属しており、トーナメント形式で争われる。各国の対戦は3日間にわたって行われ、初日にシングルス2試合、2日目にダブルス1試合、3日目にシングルス2試合を戦い、先に3勝した国の勝利となる。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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