柴崎、武藤ら若い世代に刻まれた苦い記憶 ベテラン超えへ、さらなる自己研さんを
世界で戦う難しさを再認識した武藤
決定機を生かせず、天を仰ぐ武藤。アジアカップでは4試合すべてに途中出場したが、無得点に終わった 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】
アギーレ体制2戦目だった昨年9月のベネズエラ戦で代表初ゴールを挙げて以来、武藤は4−3−3の左FWのレギュラー最右翼と位置づけられていた。遠藤保仁や長谷部誠を呼び戻した11月のホンジュラス、オーストラリア2連戦でも彼はスタメンだった。だが、アジアカップ突入後は久しぶりに招集された乾の控え。本人も悔しい思いをしたはずだ。
それでも、指揮官は12日の初戦、パレスチナ戦から彼をジョーカーとして起用。期待の大きさを示した。しかし、本人は初の国際舞台のすさまじい重圧に襲われたうえ、相手の腹蹴りに遭って恐怖感が生まれ、普段の自分を出せなくなる事態に直面する。「いや〜、硬かったですね」と武藤自身も冷や汗をかきながら話していたが、本当に世界で戦うことの厳しさをあらためて痛感した様子だった。
だが、賢い武藤はその経験を確実に生かせる選手。20日の第3戦、ヨルダン戦では絶妙な抜け出しとクロスから香川真司のゴールをアシストしてみせる。「香川選手は日本の中心選手ですし、アシストができて自分も非常にうれしく思っています」と、本人もようやくチームの一員になれた実感を手にした。そうやって上昇気流に乗りつつあった時だけに、UAE戦では今度こそゴールという結果がほしかった。
その武藤は出場から7分後、香川真司の縦パスに反応し、いきなり思い切りのいいミドルシュート。ゴールへの貪欲さを前面に押し出す。その1分後には遠藤の右クロスにフリーでヘッド。絶好の得点機を迎えたが、惜しくもボールは枠の外。本人も悔しさを爆発させる。「何度もあったチャンスを決め切れなかったのは情けない」と武藤は空回りしてしまった自分を悔やんだ。アジアの戦いが一筋縄ではいかないことを、彼は身を持って再認識したに違いない。
大器の片りんをのぞかせた柴崎
UAE戦で同点ゴールを決めた柴崎(中央)。大器の片りんをのぞかせたものの、チームを勝利に導くことはできなかった 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】
「イメージ通りと言えばそう。圭佑さんが自分のほしいところに落としてくれたので、結構イージーなボールだったかなと思います」と、本人は日本を窮地から救った得点を淡々と振り返ったが、この一撃が日本サッカーの未来への希望を示したのは確か。元日にインフルエンザを発症し、遅れてオーストラリア入りするなど出遅れた若武者はようやく大器の片りんをのぞかせることができた。
「あのシュートは鳥肌が立ちましたよね。今に始まったことじゃないけれど、自分は岳と4年間、毎日一緒に練習していて、毎回鳥肌の立つプレーをする。マックスがどこなのか全く分からんし、恐ろしいなというはすごく感じている」と、鹿島アントラーズ同期の昌子源も言い切るほどの底知れぬ可能性を、柴崎は大舞台で見せてくれたといっていい。
延長後半12分に本田から譲られたFKが、ボール1個分外にそれてしまったのは悔やまれたが、1番手の本田や6番手の香川が外してしまったPK戦では、3番手として登場しきっちり決めた。そういう冷静さも柴崎の特筆すべき点だ。結局、彼の会心のゴールも及ばず、日本は1996年UAE大会以来の8強止まり。我々はこの結果を深刻に捉えるべきだろう。