星稜、初優勝の裏にあった大胆な選択 同点ゴールを決めた原田が見せつけた意地

平野貴也

一時は前橋育英に2点を奪われて逆転されたが、原田(写真一番左)の同点弾で息を吹き返した星稜は、初優勝を果たした 【写真は共同】

 12日に第93回全国高校サッカー選手権大会・決勝が埼玉スタジアム2002で行われ、星稜(石川)が前橋育英(群馬)に延長戦の末4−2の勝利を収め、16年連続25回目の出場で悲願の初優勝を決めた。

 後半19分のことだ。右サイドに開いて中央からのパスを受けた星稜のFW大田賢生は、左足でボールを持ってゴール前を見た。そして、一瞬驚いた。胸に去来したのは「なんで、お前がいる?」という疑問だった。ボールから遠いファーサイド、つまり左FWの位置に右サイドバック原田亘の姿があった。

 星稜が、前橋育英のコーナーキックというピンチをしのぎ、カウンター攻撃を仕掛けたときだった。スコアは1−2。前半を1点リードで折り返した星稜だったが、後半の立ち上がりに2点を奪われて逆転された。一昨年はベスト4、昨年は準優勝。今年こそ頂点にという思いだったが、暗雲が立ち込め始めていた。

 しかし、その気配を打ち消す同点ゴールが生まれた。大田は「原田は結構、ヘディングがうまい。合わせれば決めてくれると思った」と左足で柔らかいカーブをかけたクロスを送った。前橋育英のDF宮本鉄平が「星稜のクロスはニアが多いのだけれど……」と振り返った場面だが、クロスはファーサイドへ届き、原田がヘディングを決めた。星稜が息を吹き返す同点ゴールを奪った。

 原田は直前まで大きな悔しさを抱えていた。前橋育英の逆転ゴールは左MF渡邊凌磨が長いドリブルでマークを振り切って決めたものだ。まさに、振り切られたのが原田だった。原田は「ゴール以外は何もしていない。相手が年代別日本代表のうまい選手で何度も抜かれた。相手の2点目は自分のマークに決められた。絶対に自分で取り返してやろうと思った。右サイドには右MFの選手(杉原啓太)がサポートに付いていたので、行けるかなと思った」とピッチ中央を駆け上がって前線に上がった大胆なプレーを振り返った。

 持ち味の攻撃力を出す。その選択の裏には、大会前に交通事故に遭ったためにベンチ入りしていない河崎護監督の教えがあった。原田は「監督は、いつも叱ってくれる人。3年間教わってきたことを全員でできた。(監督代行を務めた)木原力斗コーチが監督に連絡をして、個々にメッセージを伝えてくれたところもあった。自分は、もっと積極的に上がって、クロスを上げに行けと言われた。ずっと『もっと自信を持ってプレーしろ』と言われてきた。自分は攻撃力が持ち味。クロスを上げなかったり、オーバーラップをしなかったり、もらったボールを後ろに下げたりという場面では『自分の持ち味を出せ』と言われていた。得点の場面も、そう言われ続けたことの影響はあると思う」と恩師の言葉を思い返していた。

 普段はクロスを上げるために上がるが、自分で取り返すために逆サイドへ上がるという大胆な選択だった。しかしそれは、チームメートが密かに期待していたプレーでもあった。原田の得点の後、2ゴールを決めて勝利に大きく貢献したFW森山泰希は「アイツは、性格が大人しくて真面目だけれど、サッカーに関してはやんちゃ。たまに前線でも顔を見かける。アイツ、ストライカーやなと思った」と、原田が時折見せる強気のプレーを笑って振り返った。大田にパスを送ったボランチの平田健人は「どうやって上がったのかは見ていなかった。でも、賢生の後ろに、いつもオーバーラップする原田がいなかった。これは絶対にゴール前におるなと自分は思った。だから、賢生にクロスを上げろと言った」とゴール前に上がっていることを直感していたという。

「河崎監督は、選手よりも悔しがっていたと思う。ベスト4、準優勝――それは、もう要らんやろうというのが、試合前の監督のメッセージだった」と原田は言った。チームに漂い始めた逆転負けの空気を彼のゴールが吹き飛ばした。DF高橋佳大は「本当にビックリした。いつ上がったのかは見ていなかった。でも、あそこで(2点目をやられた)アイツが返したっていうのが大きかった」とやられっぱなしに終わらない意地を見せた仲間を称えた。今年は譲らない――その思いが凝縮された同点弾で、星稜は息を吹き返した。悲願の初優勝の裏に大胆な選択があった。
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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