“不寛容の時代”に求められるもの 日々是亜州杯2015(1月8日)

宇都宮徹壱

開幕戦が行われるメルボルンにて

アジアカップの開幕戦が行われる、メルボルン・レクタンギュラー・スタジアム。レクタンギュラーとは「長方形」を意味する 【宇都宮徹壱】

 2015年のアジアカップ開催地がオーストラリアに決まったのは、11年1月にカタールで行われたアジアサッカー連盟(AFC)総会でのことであった。11年大会が西アジアのカタールで開催されるため、4年後は東アジアでの開催となるとは聞いていたが、それがオーストラリアとなったことに少し驚いたことを思い出す。4年前の時点では、まだまだ「オーストラリア=オセアニア」という固定観念が抜け切れなかったことも、要因としてあったのかもしれない。

 オーストラリアサッカー連盟がオセアニアサッカー連盟(OFC)からAFCに転籍したのは、06年1月のこと。それからわずか5年でアジアカップ招致を決め、前後してワールドカップ(W杯)アジア予選を2度突破し、さらに昨年はAリーグのウエスタン・シドニー・ワンダラーズがACL(AFCチャンピオンズリーグ)を制した。今やオーストラリアが、アジアサッカー界で重要な地位を占めていることを疑う者は、誰もいないだろう。

 そんなオーストラリアで、間もなくアジアカップが華々しく開幕する。開幕戦が行われるのは1月9日、国内第2の都市メルボルン。そして決勝が行われるのは31日、00年の夏季五輪の記憶が鮮烈なシドニーである。日本の取材者は、その多くが日本代表の合宿地であるセスノック(初戦が行われるニューカッスルの近郊)に向かったが、開幕前日に入国した私は、そのままメルボルンに向かった。案の定、開幕前日のメディアセンターは、地元オーストラリアと中国の記者ばかり。日本からのメディア関係者は、本当に数えるほどであった。

 メルボルンを訪れたのは、09年の南アフリカW杯・アジア予選以来のこと。現地の季節はちょうど秋から冬に移ろう頃であった(余談ながら、6月17日に行われた試合はメルボルン・クリケット・グラウンドで開催され、日本は1−2で敗れている)。1月のメルボルンは、日本とは真逆の盛夏。今大会の開催地では最も南に位置しているため、それほど暑いというわけではないものの、日中は30度近くまで気温は上昇する。それでも、昨年のブラジルでのW杯取材に比べると、公共交通はスムーズに動いているし、英語が公用語なのでストレスを感じることはほとんどない。これであとは、大会が盛り上がってくれれば言うことないのだが。

サッカールーへの期待値はいまひとつだが

 1956年の第1回香港大会以来、最も南で開催されることとなった、第16回アジアカップ。まずはその概要についておさらいしておきたい。1月開催で大会期間が23日間、本大会出場国は16チーム、5会場で行われるというフォーマットは、前回のカタール大会とまったく同じ。ただし前回大会は、首都ドーハからそれほど離れていないエリアに会場が点在しており、実質的には「ドーハ大会」と言ってよい規模感であった(私自身、大会期間中はずっと同じホテルに滞在していた)。

 今大会の開催地は北から、ブリスベン、ニューカッスル、シドニー、キャンベラ、メルボルン。オーストラリア自体は、日本の約20倍の国土を誇るものの、今回の5会場はいずれも東側に固まっている。最も遠いブリスベン〜メルボルン間が約1700キロ。日本に当てはめると、北海道から関西くらいのスケール感である。サッカーが盛んなことで知られる、西部のパース(国内第4の都市)が会場に選ばれなかったのはいささか残念ではあるが、それでも取材者としては移動距離がコンパクトになったのはありがたい。加えて5会場はそれぞれに特色があるので、オーストラリアという国にあまり縁のなかった者としては、試合以外の面でも楽しみの多い大会となりそうだ。

 もっともホスト国の人々は、今大会のサッカールー(オーストラリア代表の愛称)に、あまり過大な期待を抱いていないようだ。地元テレビ局ABCのニュースは、オーストラリア対インドのクリケットのニュースを報じたあとで「開幕が明日に迫ったアジアカップ」を紹介していた。だが、クウェートとの初戦を控えたオーストラリア代表については「昨年9月8日のサウジアラビア戦を最後に勝利していない」「FIFA(国際サッカー連盟)ランキングは現在100位」「優勝予想のオッズは日本よりも下」などなど、ネガティブな情報ばかりが羅列されていて、これで本当に盛り上がるのだろうかと心配になってしまった。今大会はいつも以上に、ホスト国の動向が大いに気になるところである。

 最後に、日本のアジアカップ2連覇と並んで、個人的に今大会に期することを述べておきたい。それは“寛容さ”と“相互理解”である。今大会の出場16カ国の内、主要宗教がイスラム教である国は実に11カ国に及ぶ。これほどイスラム比率の高い大陸ネーションカップは、アジアカップをおいて他にはない。思えば前回大会が行われた11年の1月は、まだシリア情勢は平穏だったし、イスラム国の出現など誰も想像していなかった。しかし、この4年で中東情勢は大きく変容し、その影響は世界中に飛び火するようになった(おりしもフランスでは、新聞社がテロリストの襲撃を受ける事件が起きたばかりだ)。

 そうした“不寛容の時代”に開催されるアジアカップに、あまり多くのことを期待すべきでないのかもしれない。政治や宗教に対して、スポーツはあまりにも無力だ。それでも今大会が、ピッチの内外において、異文化への“寛容さ”と“相互理解”を再確認する契機となってほしい──そう、心より願う次第である。そんな願いを胸に秘めながら、間もなく開幕するアジアカップを、一人のサッカーファンとして大いに楽しむことにしたい。

<つづく>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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