G大阪、後半の猛追を支えた2ボランチ ブレない遠藤と悩み抜いた今野が舵を握る

下薗昌記

誤算だった宇佐美の負傷離脱

大逆転で優勝を飾ったG大阪。後半の猛追を支えたのが遠藤(7番)と今野(15番)の2ボランチだ 【Getty Images】

 リーグ戦の再開時(第14節終了時)には降格圏内の16位にいたガンバ大阪が歴史的な“下克上”を果たした今季のJ1リーグ。「クラブの総合力は大きい」と長谷川健太監督は優勝直後の会見で選手全員をたたえた。J1で自身初の二桁得点をマークした宇佐美貴史。アウェーの鹿島アントラーズ戦(10月5日の第27節)で劇的な決勝弾をたたき込んだリンス。チームの戦術に新たな幅をもたらしたパトリック。指揮官が「MVP」と名指しした東口順昭の安定感……。長丁場のリーグ戦では数々の選手がその力を見せてきたが、再開後の猛追を支えてきた一番の要因を指揮官はこう言い切った。

「やっぱり一番は2人のボランチがはまったのが大きかったね。ヤット(遠藤保仁)と今ちゃん(今野泰幸)をボランチではめて、チームを固めていかないとチームは強くならないと思っていたから」

 ポルトガル語で「舵取り」を意味するサッカー用語、ボランチ。ワールドカップ(W杯)による中断期間を16位で終えたG大阪は「船頭」不在のまま迷走の航海を続けていたようなものだった。

「チームとしてもヤットと今ちゃんの良さをボランチで出させたい。あの2人をボランチの軸としてキャンプからやってきたので」と話していた指揮官にとっての、最大の誤算は宇佐美の負傷離脱である。昨年J2リーグで18試合19得点の和製エースを攻撃の軸として考えていた長谷川監督だったが、開幕直前の2月19日に、左腓骨(ひこつ)筋腱脱臼の負傷で全治8週間。前線の軸を失うことになった格好で、当初は戦術的なオプションにしか過ぎなかった「FW遠藤」に頼らざるを得なくなったのである。

「二足のわらじ」に苦しんだ今野

クラブではボランチ、日本代表ではセンターバックという異なる役割に今野は苦しんだ 【写真:アフロスポーツ】

 ただ、指揮官は常に代表コンビによる2ボランチの復活を頭に入れていた。昨年のJ2リーグでジェフユナイテッド千葉に0−3で完敗した試合以降、封印し続けてきた遠藤と今野による2ボランチを今季初めて試みたのは4月2日のナビスコカップ予選リーグ清水エスパルス戦。「何とか二人にめどをつけたい」と今季初めて二人を中盤の底で起用したものの、皮肉にもバイタルエリアをあっさりと破られて失点し敗戦(0−1)。さらにリーグ戦の鹿島戦(4月6日の第6節)でも0−2で敗れたことでプランは再びお蔵入りに。

 それでも最前線やトップ下など複数のポジションで、一定の役割を果たしていた遠藤とは対照的に、所属クラブではボランチ、W杯ブラジル大会を目指す日本代表ではセンターバックという慣れない「二足のわらじ」を履き続けた今野は、本来の躍動感が皆無に近く、こじんまりとしたプレーに終始する。

 そんな悩める今野の象徴的な試合が4月19日の第8節・大宮アルディージャ戦だ。今季初めて先発落ちした今野は後半43分に自ら決勝点をたたき出し、ヒーローになりながらも直前に一度は許した同点弾で自らを過度に責めていた。

「舌を噛んで死にたいと思いました。本当に」。衝撃的なコメントが当時話題を集めたが、やや自虐的に発した言葉は当時の今野のメンタル的な低調さをそのまま反映していたと言えるだろう。

 上向かないチーム状態の立て直しと同時に、長谷川監督が配慮したのは今野の完全復活。大宮戦後の練習後、ピッチ上で今野と「青空会談」を行った指揮官は「今ちゃんが中盤の底で躍動してくれないと中盤の守備が締まっていかない。番記者の皆さんもそう思っているかもしれないが、ヤットと今ちゃんがボランチではまってくれるのが一番美しいし、オレ自身も全く悩まずに済むんだけど、そこがなかなかはまってこない」と複雑な胸の内を吐露していた。

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著者プロフィール

1971年大阪市生まれ。師と仰ぐ名将テレ・サンターナ率いるブラジルの「芸術サッカー」に魅せられ、将来はブラジルサッカーに関わりたいと、大阪外国語大学外国語学部ポルトガル・ブラジル語学科に進学。朝日新聞記者を経て、2002年にブラジルに移住し、永住権を取得。南米各国で600試合以上を取材し、日テレG+では南米サッカー解説も担当する。ガンバ大阪の復活劇に密着した『ラストピース』(角川書店)は2015年のサッカー本大賞で大賞と読者賞に選ばれた。近著は『反骨心――ガンバ大阪の育成哲学――』(三栄書房)

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