意外な形で結実した「夢と絶望の90分」 J2・J3漫遊記 J1昇格プレーオフ編

宇都宮徹壱

劇的なゴールを呼び込んだGK山岸のヘディングシュート

終了間際に劇的なゴールを決めた山形の山岸。JリーグでのGKのゴールはこれが7例目 【Getty Images】

 キックオフは13時。ホームの磐田は、キャプテンの前田遼一をはじめ、松井大輔、伊野波雅彦、駒野友一といった元日本代表がそろい踏みし、ほぼベストの陣容がピッチ上に並ぶ。対する山形も、3日前の天皇杯、そして1週間前の最終節に出場した選手のうち9人が不動。「古巣対決」が期待された松岡亮輔は、なぜか控えにも入らなかったが(体調不良との説あり)、それ以外はこちらもベストの布陣である。

 序盤からゲームを支配したのは磐田だった。前半10分、左サイドバックの岡田隆のクロスに山崎亮平がシュートするも、山形GK山岸範宏がこれをセーブ。さらに21分には、宮崎智彦が思い切りのよいミドルシュートを放ち、山岸がはじいたボールを前田と山崎が立て続けに詰めるも、山形の守護神は身を挺してこれを封じた。今季途中より、浦和レッズから出番を求めて山形に期限付き移籍した山岸だが、シーズン後半の躍進と安定感は、この人によってもたらされたと言っても過言ではないだろう。

 ゲームが動いたのは26分だった。山形の自陣左サイドから出た長いパスが磐田のディフェンスラインの裏に入り、GKの八田直樹がディエゴに詰められる前にクリア。流れたボールを右サイドを駆け上がった山田拓巳が拾って折り返し、最後はディエゴがヘディングでネットを揺らす。しかし磐田も負けてはいない。前半アディショナルタイム、駒野が中央に流したパスに宮崎が反応。シュートは松井に当たってコースが変わり、すぐさま山崎が押し込んで同点とする。ここまで好セーブを連発していた山岸だが、さすがに至近距離からのシュートはいかんともし難く、前半は1−1で終了する。

 後半に入ると、やはり連戦の疲れが影響し始めているのか、山形の前線でのプレッシングと味方を追い越す動きはなりをひそめ、磐田はさらに攻勢を強めるようになる。しかも後半12分には、前線で存在感を発揮していたディエゴが右足もも裏に違和感を覚えてリタイア。すぐにスピードのある中島裕希が起用されたが、山形にとっては手痛い戦力ダウンであった。ディエゴという起点を失った山形は、次第に防戦一方となり、磐田は追加点を狙いながらじわじわと時間を消化してゆく。1−1のまま45分が経過し、アディショナルタイムの表示は4分。多くの観客が、このまま磐田の逃げ切りを予感した。

 明暗を分けたのは、山形が執念でつかみとったコーナーキックであった。このラストチャンスに、GK山岸を含む全員が相手ゴール前に集結。石川竜也のキックに、ニアサイドで反応したのは背番号31──山岸だった。「コースが変われば、何かが起こると思って」という渾身のヘッドは、そのまま八田が守るゴールに吸い込まれてゆく。当人はその瞬間を見ていない。チームメートが次々と跳びかかる中、スタンドが絶叫と快哉に包まれているのを聞いて、ようやく状況を理解できた。それにしても、何という幕切れであろうか。終了直前の決勝ゴール自体が劇的なのに、それがGKによってもたらされるとは。ヤマハスタジアムにおける「夢と絶望の90分。」は、誰もが予想もしなかった形で完結した。

山形は今、日本で最も幸せなクラブである

来週はプレーオフ決勝。再来週は天皇杯決勝。今後2週間、山形から目が離せない 【宇都宮徹壱】

「勝とうという強い気持ちが、向こう(山形)と比べて足りていなかった。ものすごく残念な1年間になってしまった」(松井)
「力不足だったから、こういう結果に終わってしまった。リーグで4位に終わったのも、力が足りていなかったから」(八田)
「(点が)取れるところで取れなかった。最後の場面、コーナじゃなくてスローインにしていたら……。紙一重のところで勝負が決まってしまった」(伊野波)

 試合後のミックスゾーン。磐田の選手たちから口々に「足りていなかったもの」や「たられば」の言葉ばかりが聞こえてきたのは、何とも残念だった。残念といえば、試合後の名波浩監督の会見についても言える。冒頭で「今日の90分通して内容云々を振り返るだけのメンタリティーではない」と言い切ると、解説者時代のじょう舌さとは打って変わって、ずい分と歯切れの悪い淡白なコメントに終始した。その間、わずか2分ちょっと。結果にショックだったのも理解できるし、負けず嫌いなのも知っている。それでも監督として会見に臨む以上、もう少し自分の言葉できちんと試合を総括してほしかったと思う。

 今季の磐田は、相手に先制されるとまったく勝てない勝負弱さが目立っていた(先制された試合は0勝6分け11敗)。にもかかわらず、選手や監督の落胆ぶりを見ていると、どこかで「1年でJ1に復帰できる」というかすかな慢心があったように感じられてしまう。かつての名門としてのプライドはあってもよいが、それと慢心とを混同すべきではない。J2の厳しさ、そしてJ1昇格の難しさを残酷な形で痛感することとなった磐田。その経験を糧に、来季はしっかり腰を据えたチームの改革と強化がなされることを期待したい。

 一方の山形。最後まで試合を諦めなかったメンタリティー、そして「サッカーを見続けて良かった」と思えるくらい劇的な勝利には、ただただ拍手を送るしかない。殊勲のゴールを挙げた山岸は「浦和で出番がなかった僕を拾ってくれたチームで、先につながる1点を決めることができたのは良かったです」と語りながらも、こう続ける。「でも、僕らはまだ何も手にしていない。来週に向けて、勝つための準備をするだけです」

 そう、彼らはまだ何も手にしていない。来週7日には昇格を懸けた千葉とのプレーオフ決勝が、そして13日には天皇杯決勝が控えている。先週までは、地元以外ではほとんど顧みられることのなかった地方のJ2クラブが、これから2週間は全国のサッカーファンから注目を浴び続けることになるのだ。選手にとってもサポーターにとっても、モンテディオ山形は今、日本で最も幸せなクラブと言えるのではないだろうか。

<文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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