村上大介、ポジティブ思考が生んだ初V 引退を考えた男が見せた華麗なる復活劇
「優勝なんて考えていなかった」
表彰式では感極まった村上(中央)を、無良(右)とボロノフ(左)が肩をたたいて祝福 【坂本清】
これには村上を指導するフランク・キャロルコーチの影響もある。バンクーバー五輪で金メダルを獲得したエバン・ライサチェク(米国)を育てたこの名伯楽は「常にラッキーであると信じ、どんな状況でも最終的にはうまくいく」という考えの持ち主。村上も自らの師を手放しで称賛する。
「今回はフランク先生が来てくれてメンタル的に助かりました。とにかくすべての話がポジティブなんですね。不安になることもなかったです」
さすがにFSでは「頭が真っ白になった」と笑ったが、キャロルコーチの助言どおり「練習のように滑った」村上は、2日間ともにノーミスで演技を終えた。この時点で暫定1位。すると、後続のジェレミー・アボット(米国)と無良にミスが出て優勝が転がり込んできた。周りはおろか、本人でさえ予想していなかった結果に、村上の喜びは爆発した。
「この試合になると、おととしのNHK杯しか思い出せなかったんです。あの試合からここまで来ることができたんですね。とにかく今大会はファイナルとか何も懸かっていなかったので、自己ベストを出してノーミスの演技を見せたいと思っていました。それが表彰台に乗って、さらには優勝できるなんて考えていなかったので、本当にうれしいです」
大会中、常に笑顔を絶やさなかった村上だが、表彰式では涙を見せた。GPシリーズ初優勝という喜び、そして何よりキャリアの危機にひんした2年前のNHK杯から歩んできた苦難の道のりが胸に去来したのだろう。そんな村上を、無良とセルゲイ・ボロノフ(ロシア)が肩をたたき祝福していたのは実に心温まるシーンであった。
2種類の4回転という武器
村上と同じ23歳の無良はそれを認める。
「世代が一緒なので、優勝したことには素直に『おめでとう』と言いたいです。それだけ良い演技だったと思います。僕は3位で納得です。刺激にはなりますね。何より彼は4回転を2種類(トウループとサルコウ)跳べる選手。僕もサルコウを習得しなければいけないなと感じました」
2種類の4回転を跳ぶ選手はそれほど多くない。羽生でさえ、サルコウの成功確率はトウループに比べると落ちてくる。それを安定して跳べるとなれば、一気にトップ戦線に浮上することも十分可能だろう。その一方で、キャロルコーチは村上の課題も指摘している。
「ダイスケは非常に足元が軽快だ。弾むボールのようにきれいに跳ねるところが彼の特長だと思う。たとえば4回転もトリプルアクセルもダイスケにとってはそれほど難しいものではない。ただ彼は集中が途切れることがある。彼の課題はあきらめずに最後まで滑り切ることにある」
12月の全日本選手権は、NHK杯王者としてかつてない注目を集めることが予想される。地獄と天国を経験した23歳の新たなストーリーには、果たしてどんな筋書きが用意されているのか。その答えは1カ月後に明かされる。
(取材・文 大橋護良/スポーツナビ)