福島と湘南をつなぐもの J2・J3漫遊記 福島ユナイテッド<後編>

宇都宮徹壱

19歳の守備的MF・安東輝が目指すもの

JFAアカデミー3期生で今季湘南から期限付き移籍してきた安東。19歳にしてすでに中心選手 【宇都宮徹壱】

 現在の福島で、最も世界を意識している選手は誰か? おそらくは、背番号24の守備的MF安東輝(あきら)、19歳であろう。JFAアカデミー福島の3期生で、中学の卒業式当日に東日本大震災に遭遇。アカデミーが静岡県の時之栖(ときのすみか)に移転後は、2年にわたり静岡からプリンスリーグ東北に参戦した。そして今年、J2湘南に加入するも、そのまま福島に期限付き移籍。チーム最年少ながら、U−19代表のベトナム遠征で抜けた2試合を除いて、26節まで全試合に出場している。故郷の大分を離れ、中学の3年間を過ごした福島に舞い戻ってきた経緯について、まずは当人に語ってもらおう。

「実は(湘南と)契約する前の段階で、『ウチと契約をした上で経験を積むため、レンタルの可能性がある』と言われていました。年末に福島でプレーすることが決まりましたけど、自分としては今の実力では湘南で必要されていないんだということで受け入れました。だからといって『J3かよ』って感じではなくて、このチームできちんと評価してもらえるように頑張ろうと思いました。監督には『自分の最終目標はJ3でなく、もっと上を目指したい』と伝えたら、『それ相応の要求をする』と言われました。自分のプレーが、どれくらいのレベルなのか、きちんと指摘してもらえるのはありがたいと思っています」

 J3リーグからアンダーの日本代表を出していることは、現状では極めて稀有なことである。安東は福島の主力選手であるだけでなく、湘南の将来を担うタレントであり、アカデミー出身者ゆえに日本サッカーの未来を託すべき存在でもある。もちろん監督の栗原も、そうした点はきちんと留意している。

「安東については、サッカー理解力が高いので高いレベルの要求はしていたが、まだ19歳ですからね。サッカーの流れを読んだり、技術が足りていないところを自覚させたり、といった部分は指摘するようにしています。最初は混乱していたが、今ではだいぶ整理できるようになりました。やっぱり試合に出るのは大きいですね。もちろん彼以外の選手についても、ここで経験を積みながら少しでもうまくなってほしいです」(栗原)

 安東がJ3の舞台で奮闘する中、湘南はJ2の首位街道を爆走し続けていたのは周知のとおり。9月23日には、史上最速でJ1復帰を果たした。では来季、安東自身はどこでプレーすることになるのだろうか。福島への愛着を感じながらも、「もっと上を目指したい」と語る当人に、今の率直な心境を聞いてみた。

「福島に来たことで、いろんな出会いがありましたし、プレーの部分でちょっと大人になれたとも思っています。こっちにもう1年いることで、技術だったり人間的なことだったりを向上させたいという思いもありますが、今季やってきたことを(湘南で)確認したいという気持ちも確かにありますね。この1年、湘南に戻った場合のことを常に意識していたし、心の準備も覚悟もしてきました。永木(亮太)選手や菊地(俊介)選手は、湘南で同じポジションなので、特に意識して見ています。彼らと比べてどれくらいの差があるのか。身近で感じながら、新しい課題にチャレンジしたいという思いはありますね」

湘南ベルマーレとの提携に見る“つながり”

昨年から湘南との提携関係がスタート。福島は湘南の若い選手にプレーする場場を与えている 【宇都宮徹壱】

 安東が来季も福島でプレーを続けるのか、それともJ1に復帰した湘南の一員となるのか、今はまだ分からない。むしろ、ここで着目したいのは「湘南との提携がなかったら、ウチは安東のような選手は獲得できなかった」(竹鼻)という事実である。湘南と福島がクラブ間の提携を結んだのは、2013年1月のこと。当時、前者はJ1に、そして後者はJFLに、それぞれ昇格したばかりであった。今季はJ2とJ3の関係になったが、両クラブのつながりはさらに強さを増している。とりわけ特徴的なのは、クラブの垣根を超えてチーム編成を一緒に行っていることだ。この提携もまた、竹鼻のアイデアによるものである。

「去年でいえば白井康介(現湘南)、今季でいえば安東がそうですが、いずれも1年目から福島へのレンタルも視野に入れて、ベルマーレが獲得しています。そもそもウチみたいに予算規模が小さいクラブだと、スカウトを雇えるだけのお金がない。逆にベルマーレには優秀なスカウトがいるし、100人くらいテストを受けにくる。でも練習生として1〜2人しか採らないというのは、すごく非効率ですよね。だけどウチをもうひとつの受け皿とすることで、ベルマーレとしては選手獲得の選択肢が増える。そしてウチとしては、期限付き移籍の選手にプレーの場を与えながら戦力アップが図れる。まさにウィン・ウィンなわけです」

 提携の発表会見で竹鼻は、「例えば10億円規模のクラブと2億円規模のクラブが合わさることで、12億くらいの規模のことがいろいろやっていけるんじゃないか」と説明している。ここで重要なのは、予算規模が大きい湘南に依存するのではなく、プレーをする場と成長できる機会を与えることで、両者が対等なパートナーとなっていることだ。そして、両クラブ間の人的交流は、選手だけにとどまらない。

「去年までウチで監督をやっていた時崎は、今はベルマーレユースのコーチとして、チョウ・キジェ監督の下で修行しています。ただし彼には、いつかユナイテッドに戻ってくるのではなく、ベルマーレの監督を目指してほしいと言ってあります。それとスタッフについても、積極的に交流するようにしていますね。ベルマーレがJ1だった時は、試合翌日の日曜日に運営スタッフに来てもらってノウハウを伝授するとか、逆にウチのスタッフが向こうで勉強させていただくとか。そういうことは今後も続けたいと思います」

 竹鼻によれば、最近ではホームタウンの市長同士やスポンサー同士の交流も始まり、「福島を応援したい」と手を挙げた神奈川の企業も現れたそうだ。また先述した福島産の農作物の直販は、湘南でのホームゲームでも定期的に行われており、アスパラやズッキーニが飛ぶように売れているという。思えば震災が発生した時、真っ先に福島に慰問に訪れたJクラブは湘南であった。その後、湘南スタッフOBの竹鼻が福島にやってきたことで、両者の関係はより親密なものとなって今に至っている。

 今回の提携に関して、強く耳に残ったのが「キーワードは“つながり”だと思うんです」という竹鼻の言葉であった。ふと、最近「絆(きずな)」というフレーズがほとんど聞かれなくなってしまったことを思い出す。結局のところ「絆」は、震災直後の危機的な状況では有効であっても、いつまでも持続させるにはやはり重すぎたのだと思う。今、望まれるのは、離れがたい結びつきに依拠するのではなく、それぞれが自立しながらつながってゆく関係なのではないか。被災地の復興はまだ道半ばだが、震災発生から3年半が経過し、被災地の人たちの多くは自立した生活を取り戻しつつある。福島ユナイテッドFCというクラブもまた、ゆっくりとした足取りながら「普通のクラブ」への道を模索し始めている。

<この稿、了。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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