アジア男子の9秒台争いに新時代到来 日本勢は新たなエース候補が名乗り

高野祐太

必要なのは現状分析とへこたれない心

エースの山縣(左)は準決勝で左股関節を痛めた影響で力を出し切れなかった 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 山縣は、準決勝1組を良い動きで1位通過したように見えた。しかし、タイムが2組より良い追い風1.2メートルだったのに、2組の高瀬を下回る10秒17だったことに不安要素があった。案の定の左股関節痛。決勝の走りは準決勝から一転してスタートから出遅れ、明らかに伸びを欠いた。

 モスクワ世界選手権で予選敗退したのに続き、日本代表としての重要な大会で2年連続でケガによって結果を残せなかった。対応策を練り直さなければならない事態となった。
 報道陣に対した時、ショックの色がありありとにじんでいた。ケガによって「結果は見えていた」と語り、「ケガをするのも実力のうち」と、現状を認めるしかなかった。
 だが、満足できなかった昨季の走りを抜け出して、今季序盤から技術的な良い感覚をつかめてはいた。前向きに捉えるなら、その好感触を見失わなければ、再び強いられるかもしれないケガとの格闘の中でも光明は見える。

 関係者によると、張が精彩を欠いたのは、コンディショニングの問題と、パワー系のトレーニングの割合を増やし、スピード系を少なくしているためだという。今後を悲観するものではないと。また、スポーツ科学の専門家によると、山縣も張も、共通して合理的に優れた技術を持っているという。それは、瞬発系の身体能力で劣るモンゴロイドが100メートルで前進するための大事な要素でもある。それだけに、新たにアジアに浮上した黒人選手を刺激材料にして、次のステップを目指さなければならない。必要なのは、冷静な現状分析と、粘り強く試行錯誤を続けられるへこたれないハートだ。

急遽出場の高瀬が躍進

桐生の代役として出場した高瀬が銅メダル。日本人初の9秒台も視野に入れ始めた 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 当初の主役候補たちが相次いで歯車を狂わす中で一人、気を吐いたのが高瀬だった。準決勝では日本人にとって簡単ではない海外レースで、今年4月に国内で出した自己記録に並ぶ10秒13(+0.2)をマークした。今までの海外ベストは10秒39だった。「今、成長できている段階かな。(29日に予選のある)400メートルリレーも自分が引っ張るくらいの気持ちで臨みたい」と充実感を口にした。

 技術面で功を奏したことの一つは、腕振りと脚を地面に下ろす接地のタイミングを一致させることだった。「今までは腕振りが前に行き過ぎて、腕と脚を振り上げる時に力点を置いてしまっていましたが、腕と脚を振り下ろす時にリズムを取れた」

 だが、躍進の最大の要素は気持ちだった。
「日本選手権で結果を出して代表に選ばれていたら、こうはならなかったと思います。桐生の代わりに選ばれて、桐生の分も、という気持ちがあり、いろんな周りの人に支えがあったので、周りから力を借りられたというか」

 出来は「80点」だった。「映像を見返すと、力みがありました。もっとスタートで行けると思ったし、10秒0台が出ると思って、狙っちゃった」
 心技体で、ひしひしと感じた手応え。続いて出た言葉は、9秒台への思いだった。
「9秒台はまだ見えていませんが、そこを目標にできる力がついてきたと思うので、十分狙える記録、来年に向けて、頑張れば見えなくない。オグノデ選手のトップスピードを自分が持っていれば9秒台が出ることも分かったし。そこの最大スピードを上げたい」

「狙っちゃった」というのがいい。それは、“壁”を意識すればこそ自然に生まれる気持ちだ。今度は、狙い過ぎないメンタルを培うという、課題を見つけたということでもある。高瀬は「心の壁を解き放つことが大事。心の壁を突破できた時に出るんじゃないか」と語った。

 アジア大会は、桐生と山縣という両輪が不発に終わった代わりに、新たな100メートルのエース候補が名乗りを上げることにとなった。“10秒の壁”と向き合う存在が1人加わったことは、日本にとってプラスに違いない。
 そして、高瀬の本職は200メートル。こちらも“20秒の壁”の突破を明確に視野にとらえた。「20秒1台、0台、そして19秒台はずっと目標にしてきました。100メートルのタイムアップができれば、それもついて来ると思う」と、力強く語る瞳は、日本男子短距離勢の再浮上の希望に見えた。

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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