技術委員長を退任した原博実が振り返る アギーレ招へいの経緯とW杯の敗因

宇都宮徹壱

グループリーグ敗退の要因はひとつだけではない

原氏の考えるW杯の敗因とは何なのか 【宇都宮徹壱】

――ブラジルでのW杯について話題を移したいと思います。今回、本当に残念だったのは、日本が敗れた以上に本来の力を出しきれなかったことでした。原さんご自身もおっしゃっていましたが、やはりコンディショニングに問題があったのでしょうか?

 それも一つの要因だろうとは思いますよ。これだけ欧州でプレーしている選手が増えて、彼らはシーズンを終えたばかりで本当に疲労していたり、あるいはビッグクラブに移籍したためになかなか出場機会に恵まれなかったり、試合に出ていてもシーズン中の負傷がなかなか治らなかったり。

 国内組に関しても、通常9カ月でやるリーグ戦をW杯イヤーは2カ月まるごと空けるわけですから、前後にものすごいしわ寄せが出るわけです。さらに、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)の過酷な試合を戦ってきた選手もいる。そうした選手たちのコンディションを、ひとつにするのは本当に難しかったと思いますよ。ただW杯は短期決戦ですから、コンディションだけの問題だけではなかったとも思っています。メンタル面も含め、さまざまな要素が入り込んでいるんだろうなとは思います。

――そのあたりの検証は進められているのでしょうか?

 そうですね。技術委員会のテクニカルスタディーグループでやっていますし、あるいはフィジカル面で計測したデータについても検証しています。データだけを見ると、ひどく悪いコンディションではなかった。ただ、実際に試合で選手を見ていると、決していいパフォーマンスではなかったですよね。

――原さんご自身は、コンディション以外に敗因を挙げるとすれば何だったと思っていますか?

 さっきメンタル面と言ったけれど、やはり気持ちの部分は大きかったんじゃないかと。基本的には、コートジボワールもギリシャもコロンビアも強いです。でも「勝てない相手ではない」という気持ちがあったんでしょうね。例えば(オーストラリアではなく)日本がグループBに入っていたら、スペイン、オランダ、チリが相手ですよ。でも、あっちに入ったほうがむしろのびのびやれたんじゃないかとも思う。ロンドン五輪の初戦で、スペインと対戦した時のようにね。あるいは同じグループCでも、コートジボワールじゃなくてコロンビアが初戦だったほうが、良かったのかもしれない。

――まあ、結果論ではありますが。

 確かに、トータル的に力がなかったと言われれば、そうだと思います。まだまだ力がなかった。ただ短期決戦ということで、1試合の重みとか、ちょっとしたことで明暗を分けることがあったとは思います。初戦でコートジボワール相手に、早い時間帯(前半16分)で本田圭佑のゴールが決まった。そこで、もう1点を獲りに行くべきか、それとも先制点を大事にするべきか、という部分でチームとしての意思統一ができていなかったんだと思う。ザッケローニさんも、そこで修正しようとしたけれど、後半(17分)に(ディディエ・)ドログバが入ってきてからの日本は、攻撃でも守備でも少しずつ歯車がずれてしまった。

――南アフリカ大会に出場した岡田武史監督の日本代表と比較すれば、今大会は個々の選手の経験値や能力でかなり上回っていると思っています。いわば「史上最強の日本代表」でした。それだけに、このような結果になってしまったのは本当に残念です。

 南アフリカの日本と比べて今回が下回っていたかと言えば、そういうことじゃないと思うんです。では何が問題だったかというと、コンディションなのか、精神面の問題なのか、それともピッチ状態の問題なのか、たぶんひとつではないと思うんです。世界のベスト4やベスト8の強豪国は、それらがひとつくらい欠けていてもちゃんと踏ん張れる。日本は条件がそろっていれば最高のプレーができるんだけど、ひとつでも欠けるとまだまだなんだな、ということは僕ら技術委員会でも受け止めているところです。それでも、フィジカルとメンタル、そしてピッチのコンディションが良かったら、以前と比べて強い相手にかなりやれるくらいの力はついていると思います。

なぜザッケローニは国内で会見を行わなかったのか?

ザッケローニ前監督の辞任会見は合宿地のイトゥで行われた。なぜ国内で行わなかったのだろうか 【宇都宮徹壱】

――コートジボワール戦に1−2で敗れ、続くギリシャ戦がスコアレスドローに終わったあと、原さんはザッローニ監督と1対1でお話したという報道がありました。技術委員長として何らかの修正を図ろうとしたと思うのですが、そのときはどのようなことを考えていましたか?

 試合後、選手もスタッフも本当にがっくりきていました。ただ、ギリシャが勝ち点1を確保したころで、彼らも生き残ったわけですよ。だから第3戦でギリシャがコートジボワールに勝利すれば、われわれにもチャンスがあるわけです。つまりコロンビア相手に2点差以上で勝利すれば、日本がグループリーグ突破できる可能性は十分にある。そういうふうにもっていくために「もう一度、自分たちの良さ、力を信じて頑張ろうよ」っていう話をしましたね。

――その甲斐もあって、コロンビア戦での日本はいい意味で開き直ることができましたし、今大会で最も日本らしいサッカーができたとも思います。しかし終わってみれば、相手との彼我(ひが)の差は歴然としていました。1−4というスコアでグループリーグ敗退が決まった瞬間、原さんは技術委員長としてすぐに「次のこと」を考えていたと思うのですが、いかがでしょうか?

 もちろん、この4年間やってきたものがなかなか出せなかったことへの悔しさはありましたよ。でも現実的に「次をどうしていくか」っていうことを考えなきゃいけないっていうのもあったし。ただあの日は、会長とも監督ともそんなに話さずに(キャンプ地のイトゥに)帰っていくという感じでしたね。それで次の日に監督から「ちょっと話がしたい」と言われて……。

――そこでザッケローニ監督自身から退任の意向が示されたと。今となっては詮なきことですが、今大会の結果次第では続投もあり得たんでしょうか?

 それは分かりません。ただ、ベスト16なりベスト8なりに進んでいれば、もちろん試合内容にもよりますけれど「次のアジアカップまで続けてもらったほうがいい」とか、そういう選択肢もあったかもしれない。いちおうW杯終了後までという契約ではあったし、本人も目前のW杯に集中したいということだったんですけど(続投する)可能性もないわけではなかったです。

――結果として、日本は3試合で大会を去ることになり、ザッケローニの辞任会見がイトゥで行われました。ただ、個人的に非常に気になっていたのが、なぜあの会見を帰国後に日本で行わなかったかということです。日本は5大会連続でW杯に出場していますが、敗退後に国内で会見が行われなかったのは今回が初めてでした。イトゥで会見を行うのは、監督自身の希望によるものだったのでしょうか?

 そこに関してはみんなで相談しました。帰国する便を3つのグループに分けなければならないこと、帰国に中一日かかることも踏まえ、ここ(イトゥ)でしっかりと会見すれば日本にも(映像が)流れるという結論だったと思います。私たちも、帰国したらいろいろなことが起きるであろう(モノが飛んでくる)くらいのことを覚悟していました。まあ、いろいろな考え方があると思います。

――重要なことなので、もう一度確認させてください。日本で会見を行わなかったのは、ザッケローニ本人ではなく協会側の判断だったんでしょうか?

 そうです。最終的には、みんなで相談して、監督、コーチ、選手、スタッフ全員がそろって帰れないなら、イトゥで全員がしっかりと対応するのがいいんじゃないかっていうことになったと記憶しています。また、W杯の総括会見には、これまでチームに帯同してずっと取材をしてくれていたメディアの皆さんに出席していただくことが大切だという強い考えもありました。

<後編につづく>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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