京大初のプロ誕生へ、田中英祐の決断 堅実な右腕を“地獄”に進ませた思い

週刊ベースボールONLINE

「もう少し野球をやる」ためにプロを選んだ右腕

最速149キロの真っすぐ、鋭く変化するスライダーが投球の軸。非凡な技術だけでなく、目標は「優勝」と高い志を持ち、メンタルが充実しているのも武器だ 【写真=佐藤真一】

 9月6日のほっともっとフィールド神戸。関西大との延長13回の激闘に敗れた(3対4)試合後、すっかり暗くなった場外で京大・田中英祐は二重、三重の人の輪に囲まれていた。

「今日、たくさんの人に集まってもらっていますし……。プロ志望届を出そうと思っています。もう少し野球をやりたいな、と思って……」

 目の前には密着取材を続ける関西民放各局のテレビカメラが並び、レンズとマイクの間には新聞記者が肩を入れ、コメントに耳を傾けていた。

 囲み取材で向けられる質問は延長12回を投げ、13個の三振を奪った投球についてではなく、数分後には「京大初のプロ野球選手誕生へ!」とインターネットにも速報ニュースで流れた決断についてだった。

 心を決めた理由に、田中はまず「もう少し野球をやりたいな、と思って……」と挙げたが、近くで取材を重ねていた感覚としては、プロ志望になるだろうと見ていた。

 投手としてここまで成長し、可能性が広がる中、上の世界で勝負したいという野球人としての本能が勝る、と思っていたからだ。しかし、「秋のリーグ戦前に決めました」と話した決断について後日あらためて問うと、本気で悩みに悩んでいた、と言った。

「10月の(志望届)届出の締め切りギリギリまで悩んで、最後に決めればいい、とずっと思っていたんです。でも、これ以上迷って、秋のリーグ戦に影響が出るのも……と思うようになって、正確には夏のオープン戦に入る前、7月末にプロで勝負しようと決めました。ただ、ホントにそれまでは“どっち”の頭も同じくらいあったんです」

“京大初”という思いが突き動かしたプロ入り

“どっち”の一方は当然プロへの挑戦。もう一方は一般企業への就職。

「社会人野球の選択はなかった」という田中にとって、プロ以外の道は、野球との決別を意味していた。しかし、もし、後者を選択した場合、野球への未練を断ち切るために相当なことになったはず。しかし、そう向けると、田中は小さく首を振った。

「その決断をしたとしても、勇気はそれほどいらなかったと思います。今でも、プロの世界に自分が入って野球をしている姿より、社会に出て普通に働いている方が、はるかにイメージできますから」

 しかし……。「少なくとも大学に来たときまでは夢にも浮かばなかった」世界で勝負することを決めた。そこには「もう少し野球をやってみたくなった」ということに加え、もう1つ、背中を押した理由がある。「京大から初、これはやっぱり頭にありました。それに同じような境遇で頑張っている選手のために道を開きたいっていう気持ちもかなりありました。だから、1つ目の理由にも絡んでくるんですけど、もう少しやらないといけないのかな、という気持ちが強くなったのは確かです」

1/2ページ

著者プロフィール

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント