歓喜に溢れた香川のドルトムント復帰戦 初ゴールで勝利に貢献、ファンも祝福

中野吉之伴

今後、香川に求められること

ドルトムントは負傷者が多く、香川と一緒に練習した時間もまだまだ少ない 【写真:ロイター/アフロ】

 結果は確かに出した。しかし、あらゆることがうまくいったわけでない。「シンジがボールを持った時に他の選手が正しいコースに走るのはまだ難しい。まだ2回しか一緒に練習していないんだ」とクロップが振り返ったように、すべてが完全に機能していたわけではない。攻守のバランスが崩れ、フライブルクに攻め込まれるシーンもあった。とはいえ前述の負傷者の他にもマッツ・フンメルス、マルセル・シュメルツァー、イルカイ・ギュンドアン、スベン・ベンダー、ヌリ・シャヒンと主力が戦列を離れている。苦しいチーム事情だっただけに、この日の香川のゴールとチームの勝利がもたらしたものは間違いなく大きい。

 香川自身の役割は3年前と大きくは変わっていない。当時のドルトムントはチーム全体で激しく積極的にプレッシャーをかけ、ボールを奪うとすぐに素早いパス交換からカウンターを仕掛けるサッカーがさえ渡り、ブンデスリーガで2連覇を果たした。一方で2011−12シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)では好試合をしながらもグループリーグ敗退という苦い経験もした。はまった時の力はすさまじいが、試合の運び方、戦い方のバリエーションに難がある点が指摘された。香川がマンチェスター・ユナイテッドへと去った後も、チームは成長し、戦術もシステムもバリエーションが増えた。2013年にはCLで決勝進出。ヨーロッパ全体においても強豪クラブの一つとして名を挙げた。

 昨シーズン、トップ下には10番を背負い、スピードに乗ったドリブルでボールを運ぶことが得意なムヒタリアン、ペナルティーエリア付近で鋭いドリブルと精度の高いシュートが武器のロイスという選手が務めた。2人とも単独でもゴールを決められる高い個人技を備えた好選手だが、彼らの力を生かすには、相手に守備を固められた時に相手の嫌なところをつく動きの質と幅、相手守備を崩すためのアイデアを持った選手が必要だった。しかし、唯一それが可能だったギュンドアンが腰の負傷で長期の戦線離脱となると、崩しの場面で問題を抱えるようになってしまった。そのギュンドアンは1年近いリハビリを経てようやく全体練習に復帰してきたが、試合出場となるとまだ時間はかかる。だからこそ香川にはシンプルなプレーで中盤からゲームをコントロールし、この日の先制点の起点となったプレーのように、相手の裏をつくスルーパスやドリブルで攻撃に幅と深みを作る役割が求められる。まだ100%ではないという香川がトップコンディションを取り戻し、ロイスやフンメルス、ギュンドアンといった主力がけがから戻ってきたら、ドルトムントのチーム力は一気に上がるはずだ。

チャレンジによるミスを受け入れてくれる環境

信頼してくれるクロップ監督(右)の存在が香川にとって大きい 【写真:ロイター/アフロ】

 それにしても古巣とはいえ、出場機会をほとんど得られず、フォームを崩していたはずの香川が予想以上の活躍を見せた秘密はなんだろうか。「大事なのはここで心地よくプレーできていることだし、何より信頼して後ろ盾となってくれる監督がいることが大きいと思う。だからミスをするかも知れないプレーにもチャレンジすることができる。彼はチャレンジし、チャレンジし、チャレンジした」というスボティッチの言葉が本質をついている。どんな壁でも乗り越えるにはリスクチャレンジが必要だ。しかし、そのためには“チャレンジによるミスを受け入れてくれる環境”が重要になる。もちろんそれが甘えになる時もある。ミスをしていいことを言い訳にする場合もある。ミスをしてはならない環境でも実力を発揮する強さを身につける必要も確かにある。だが必死さだけが選手に大切なわけではない。サッカーはチームスポーツ。ミスが起こるのが当たり前のスポーツ。チームとしての戦い方を持ち、選手としてやらなければならない規律を守ったうえで、積極的にバランスをブレイクしていく勇気がなければ相手を凌駕(りょうが)することは不可能だ。人と人をつなぎ合わせる絆があるからこそ、それぞれの力を最大限に発揮することができる。

『西ドイツアルゲマイネツァイトゥング』のオンライン版には、香川による試合後の力強い談話も掲載されていた。

「イングランドでの経験は無駄ではなかったと思うし、あそこでいろいろと学んだと思う。戻ってきたこの場所で、新しい香川真司を見せたい」

 その片鱗をファンはこの日、目撃した。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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