「黄金時代」から遠く離れて=J2・J3漫遊記 ジュビロ磐田<前編>

宇都宮徹壱

「磐田のDNAを引き継ぐ男」の強化部長就任

ピッチ上でチームを見守る服部強化部長。20年におよぶ現役生活を終えて古巣に帰還 【宇都宮徹壱】

「現役を引退するときは、特にセカンドキャリアに関して具体的なイメージはありませんでしたね。たまたまこちらで強化部長のお話をいただいて、すんなり決まった感じです。指導者になることは今でも考えているんですけど、でも今の仕事にはやりがいを感じているし面白い。意外と自分に合っているんじゃないかなって思います。いろいろ勉強することも多くて、ちょっと現役を長くやりすぎたかって最近は思うようになりました(笑)」

 そう語るのは、服部年宏強化部長、40歳である。服部といえば、磐田の黄金時代を支えたレジェンドのひとりであり、日本代表として2度のワールドカップ(W杯)にも出場。代表のキャップ数は44を数える。07年に磐田を離れてからは、東京ヴェルディ、ガイナーレ鳥取、FC岐阜でプレー。鳥取ではキャプテンとしてJ2昇格に、岐阜では守備の要としてJ2残留に、それぞれ大きく貢献してきた。そして昨年、20年にわたる現役時代にピリオドを打ち、今年から古巣の磐田に戻って強化部長に就任することとなった。

 実は今年のシーズン開幕前に、今季から磐田のGM(ゼネラル・マネジャー)に就任した加藤久とばったり会う機会があった。加藤はJクラブの監督以外にも、日本サッカー協会強化委員長、ヴェルディ川崎(当時)テクニカルディレクター、そして京都サンガFCのGMなど強化畑を渡り歩いている。「新天地でのお仕事はいかがですか?」と水を向けると、「いやあ、磐田のDNAを引き継ぐ男、服部年宏が強化部長になりましたから、僕なんかは彼の後ろで眺めているだけですよ」という、えらく謙遜した答えが返ってきた。実際のところ、両者の役割分担はどうなっているのだろうか。服部に尋ねてみた。

「久さんはGMとして、僕では決断しづらいところをやっていただいています。経営とか人事の部分なんかは久さん、僕はトップチームに帯同しながら、強化やスカウトの部分を担当していますが、久さんも現場は気にかけているので特に明確な線引きはないです。むしろ今は久さんの仕事を見ながら、いろいろと勉強をさせてもらっている段階ですね」

 磐田というクラブを見ていて、個人的に歯がゆく思っていたことのひとつに「OBを生かしきれていない」というものがあった。福西崇史、名波浩、中山雅史といったレジェンドたちはことごとく磐田から離れ(名波だけは最後のシーズンは磐田で復帰)、現役を引退した今はきらびやかなメディアの世界で活躍している。彼らはなぜ、キャリアで最も輝いていた古巣に立ち戻ろうとしないのか。このほど大榎克己が新監督に就任した、お隣の清水エスパルスと比べると実に対照的だ。そんな磐田もJ2に降格したことで、人事面において方針転換を図ろうとしているように感じられる。服部の強化部長就任もまた、変化のひとつと見ることができよう。

若き強化部長が考える、今の磐田に足りないもの

磐田のレジェンドのひとりである服部強化部長。クラブ再生のキーワードは「楽しさ」 【宇都宮徹壱】

 J1で381試合、J2で185試合、JFLで33試合。合計599試合を20シーズンで割ると、1年平均で約30試合に出場していたことになる。まさに「鉄人」としての異名にふさわしい服部の現役時代だが、最もプレーヤーとして充実していたのは、やはり磐田での13シーズン(94年〜06年)であろう。

 この間、磐田は年間優勝3回、ステージ優勝6回、ナビスコカップ優勝1回、そしてアジアクラブ選手権優勝1回を果たしている。自身も、01年にJリーグベストイレブンを受賞。ちなみに、この年はMFの受賞者5人のうち3人を磐田勢が占めていた(他に福西、藤田俊哉)。話題は自ずと、磐田の黄金時代の思い出へと移っていく。

「僕は、入団した時に(ハンス・)オフトにまず基本的なことを、そして(ルイス・)フェリペに勝利へのこだわりを学びました。そうしたものを、それぞれの選手が積み重ねて、同じ目標に向けてレベルアップしていった結果が、強いジュビロだったんだと思います。だから、磐田は決して急に強くなったわけではないですね。あと、個人的にはドゥンガから受けた影響が大きかったですね。パスひとつ、トラップひとつ、動き出しひとつで『お前はまったく分かってない!」って、よく怒鳴られました(笑)。それでも、隣でプレーしていて勉強になったし、本当に面白かったですよね」

 現役を引退した今でも、服部はボールを蹴る楽しさが忘れられないようだ。練習場をよく訪れる、磐田のサポーターによれば、壁に向かって無心でボールを蹴っているジャージ姿の服部を時おり見かけるという。黄金時代を身をもって知る若き強化部長にとり、今の磐田の選手たちはどのように映るのであろうか。服部は「うーん」と腕組みをしてから、おもむろに「あまり楽しそうじゃないですよね」と切り出した。

「僕らが現役の頃に比べると、みんなうまいし、まじめにやっていると思いますよ。でも、何て言うかな。自発的にサッカーを楽しむとか、みんなでそういう雰囲気を作っていくとか、そういうのが感じられないんですよね。チームが強かった時は、練習のときも楽しかったし、みんなうれしそうにボールを蹴っていた。今はそんな感じじゃなくて、なんか暗いんですよ(苦笑)」

 その上で、クラブ再生のキーワードとして服部が挙げたのが「楽しさ」である。

「僕は磐田を、いい意味で楽しいクラブにしたい。『昔は楽しかった』と言われるのは、ちょっと辛い(苦笑)。そうじゃなくて、今のチームでプレーしている人も、それを見ている人も、みんなが楽しめるクラブにしたいと思っています」

<後編につづく。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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