カテゴリーの垣根を超えたサポーター=天皇杯漫遊記 3回戦 奈良クラブ対磐田

宇都宮徹壱

前半だけで4失点を喫した奈良

前半を0−4で終えた奈良であったが、堤と吉田(右)を投入した後半は次々とチャンスを作った 【宇都宮徹壱】

 鈴木さんの言葉どおり、この日の磐田は3日前の富山戦から5人もメンバーを変えてきた。そして、松井と駒野はベンチスタート。前田と伊野波はベンチ外である。システムも、あえて不慣れな3−4−3で挑んできた。対する奈良は、2回戦で劇的な逆転ゴールを決めた岡山がベンチスタートだが、ほぼベストの布陣である。だが、両チームの戦力差が明らかになるのに、それほど時間はかからなかった。

 ワイドに攻める磐田は、左右の揺さぶりから奈良の守備陣を混乱に陥れ、19分には首尾よく先制する。左サイドからパスを受けた小林祐希が、そのままドリブルで持ち込み、得意の左足でシュート。ボールはポスト左の内側に当たって跳ね返るも、最後はポポが詰めた。追加点は29分。櫻内渚がゴール正面でチャンスを迎えるも、奈良DFがこれをクリア。しかし右サイドにいた森下俊が頭で中に戻し、最後は山崎亮平がヘディングで押し込んだ。磐田はその後も、38分にPKのチャンスを山崎が冷静にゲット。さらにアディショナルタイムにはペク・ソンドンの折り返しにポポがダイビングヘッドでネットを揺らす。前半は磐田の4点リードで終了。奈良はゴールはおろか、シュートさえも打たせてもらえなかった。

「前半(の4失点)がすべてでした」と語る奈良の中村敦監督は、相次いで失点した理由についてこう振り返る。「ピッチが思いのほかスリッピーで、ボールのスピードが早くて対応が遅れてしまっていました。それと、相手のプレッシャーに対してこっちの技術が追いつかず、蹴り急いでしまって(結果として)相手のポゼッションにやられてしまいましたね」。

 そこで中村監督は、後半15分から20分での投入を考えていた、MFの吉田智尚とFWの堤隆裕を後半頭から投入。スピードと決定力のある2人が入ったことで、後半の奈良は見違えるように攻撃陣が活性化した。後半4分と13分には、いずれも右サイドのクロスに堤が惜しいシュートを放ち、26分には吉田の左からの折り返しに瀬里康和が頭で反応。いずれもゴールを割ることはなかったが、十分に可能性を感じさせるシーンであった。しかし磐田も28分、途中出場の松井が、松浦拓弥(こちらも途中出場)との素早いパス交換から一気に抜け出し、最後は宮崎智彦が左足でダメ押しの5点目を決めた。その後も奈良は、最後まで諦めずに必死でボールを追いかけるも力及ばず。5−0で勝利した磐田が、ベスト16進出を決めた。

夢舞台からシビアな戦いへ

試合後の奈良サポーターは、関西リーグでの戦いに気持ちを切り替えるように選手を鼓舞した 【宇都宮徹壱】

「3バックのよかった点、悪かった点はそれぞれある。(24日の)ベルマーレ戦で3バックにするのか、それとも富山戦までの本来のフォーメーションでいくのか、しっかり判断していきたいと思う」

 磐田のシャムスカ監督は、この日の3バックでの戦いに一定の評価を示したものの、湘南戦でも継続するかについては言明を避けた。確かに5−0と大勝はしたものの、両サイドが攻撃の起点となっていたとは言いがたく、今日の相手が地域リーグ所属であったこと、そして湘南戦ではメンバーが大きく変わることを考えると、この日の3バックの評価はなかなかに難しい。それでも、主力をしっかり休ませた上に、失点ゼロで快勝できた意義は小さくないだろう。これで今週末のJ2に、またひとつ楽しみができた。

 ちょうどその頃、ほとんどの観客が去ったスタンドでは、磐田のゴール裏に奈良のサポーターが合流し、さらにこの日出番がなかった岡山も交えて、何とも不思議な交流会が催されていた。「まあ、カテゴリーが違うから、というのもあると思うんだけど。でも、勝っても負けても、同じサッカーファミリーなんだから、オレはこういうのはアリだと思うんだよね」と語るのは、磐田サポの鈴木さん。最後は岡山が「ジュビロの皆さん! 来年はお互いに昇格しましょうね!」と叫び、エール交換で解散となった。そんな岡山だが、今日の結果をどうとらえているのだろうか。

「(2回戦で)ベガルタに勝ったことで、僕を含めて選手全員が何か勘違いしていたんだと思います。それが前半の4失点だったんじゃないかなと。試合後、奈良のサポーターが『必ず大阪を倒そう』って横断幕を出してくれたんですね。やっぱりサポーターが一番、分かっているんだなあと。今度の30日、関西リーグで首位のFC大阪と対戦するんですが、これに勝たないと来年のJFL昇格の道は閉ざされてしまう(編注:奈良は勝ち点1差の2位)。この天皇杯は夢舞台でしたが、これからは地域リーグのシビアな戦いが待っています。そのことを自覚できたという意味で、ジュビロさんにコテンパンにやられてよかったと思っています」

 天皇杯は、異なるカテゴリーのチームが真剣勝負をすることで、さまざまな気付きが得られる場なのだと思う。選手もしかり、サポーターもまたしかり。試合結果そのものはワンサイドであったが、勝った磐田も敗れた奈良も、いろいろと収穫の多い一戦だったのではないだろうか。

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント