“波乱”埼玉で春日部共栄が勝てた理由、ピンチでも笑顔を忘れず、聖地10勝目へ

中島大輔

意識を変えた1カ月半の監督不在

前回の甲子園では初戦で辻内崇伸、平田良介、中田翔を擁する大阪桐蔭に敗れた。勝てば1997年夏以来、17年ぶりの白星となる 【写真は共同】

 昨秋、市立川越に痛恨の敗戦を喫すると、本多監督はチームに大なたを振るうことを決断した。勝負弱さが払拭(ふっしょく)されるまで、自身はグラウンドに出ないと選手に通告したのだ。

 勝負強さが欠けている要因は、チームがひとつになっていないからだと指揮官は見ていた。具体的に言えば、グラウンドでは懸命に個人練習をするものの、それまでの過程が悪かった。授業中に寝る者がいれば、ホームルームが終わって10分以内にグラウンドに出るという約束を徹底できない者もいる。だからあいさつや私生活、言葉遣い、部の伝統を話し合わせ、すべての姿勢を見直させた。

 同時に、コーチ陣には「指導にもっと責任を持て」と話した。「いつまでも監督に頼りすぎず、自分のカラーをどんどん子どもたちにぶつけろ」と、自覚を促したのだ。

 1カ月半後、本多監督がグラウンドに戻ると、選手たちは自分の意志で行動するように変わっていた。高いレベルを誇る個々がチーム一丸となり、互いのミスをカバーし合おうという意識が生まれていた。

 夏の決勝では、その姿勢が集中打につながった。1−2で迎えた8回、無死一、二塁から7番の長岡大智が送りバントを失敗したが、以降の打者が奮起し、一挙6点をたたき出したのだ。この猛攻こそ、春日部共栄を象徴する場面だと本多監督は見ていた。

「ミスをした後にカバーすることを、ずっとやってきたのでね。バントのミスの後も雰囲気が悪くなく、次のバッターが集中していこうと、よくつないでくれました」

 埼玉の強豪・春日部共栄にとって、甲子園出場は実に9年ぶりだ。本多監督は、「故郷に帰るような感じ」と楽しみにしている。

左腕・金子と捕手・守屋を中心に甲子園10勝目へ

 投手陣でカギを握るのは、エース左腕の金子だ。スリークオーターから最速139キロのストレートを投げ込み、カーブ、スライダー、チェンジアップを低めに集める。ヒットを打たれても、粘り強く、走者をホームにかえさない投球をできることが特徴だ。

「金子は三振を取るピッチャーというより、球数を少なくして、どんどん打たせてテンポ良く投げてきます。そういうピッチングを甲子園で引き出せるようにしたい」

 そう話す捕手の守屋は、打線の中心でもある。遠投100メートルの強肩と強打はプロの注目を集め、夏の埼玉大会では大事な場面でヒットを重ねた。守屋はこの夏、自信を深めた様子だ。

「春までは『俺が、俺が』という感じで、監督さんから『個人競技か』とよく言われていました。でも今は、ひとりがミスしたときに周りでカバーできるので、大きいかなと思います。個人的には肩に自信があるので、セカンドへの送球を見てほしい。バッティングも自信が出てきたところがあるので、そこも見てほしいと思いますね」

 金子、守屋を中心に潜在能力の高い選手がそろっているからこそ、持てる力を発揮させてあげようと本多監督は試行錯誤した。結果、久々の聖地にたどり着いた。

「甲子園10勝目がえらい長くかかっているので、冗談で、『甲子園10勝目をしなければ死ねねえな』って話をずっとしています(笑)。とにかく1勝を目指して頑張りますよ。でも、甲子園は選手のモノですからね。のびのびやってくれればいいなと思います」

 明るく、楽しく、元気よく――。春日部共栄は笑いながら戦う自分たちのスタイルで、1997年夏以来の甲子園1勝、そしてその先を目指す。

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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