小野伸二が「日常」となる幸福 J2札幌で華麗に舞う“希代の天才”

斉藤宏則

「J2だろうと大きな問題ではない」

あくまで「楽しく」が小野の哲学。自分が楽しくプレーするだけではなく、見ている人も巻き込んで「楽しく」を目指す 【宇都宮徹壱】

 そうした札幌のスタンスに対して小野本人もこう同調する。

「新天地に札幌を選んだ理由は、その志に共感したから。プロである以上は勝たなければいけませんし、日々のハードな練習も勝つためにやっている。でもそのなかで、グループとしてパスをつないで攻め、サッカーが持つ本来の面白さや楽しさも見せることができれば、来てくれたお客さんに喜んでもらえるだろうし、お客さんを増やすこともできるはず。いま札幌がやろうとしているのはそういうこと。僕自身もパスをつなぐクリエーティブなサッカーが好きだし、サッカーへの注目度も高めたい。そういうものを一緒に作っていく部分でやりがいを感じたから、このチームに来た」

 とはいえ、である。前述したように国際大会での実績が豊富で、5月までは前所属のウェスタン・シドニー・ワンダラーズ(オーストラリア1部)で主軸として、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)でもバリバリに活躍していた選手が、2部リーグであるJ2に移籍をしたことに違和感を覚えるのは一般的なことだろう。これについて小野はこのように語る。

「J1だろうとJ2だろうと、僕にとってはそれほど大きな問題ではないんです。大事なのは、そのチームがどういうサッカーをやろうとしているか。その部分だけ。僕ももう34歳だし、これから何年プロでやれるか分からない。だったら、自分が楽しくプレーができて、同時にそれがそのクラブの歴史の構築につながるというのであれば、そういう場がベストだと思っている」

 あくまでも「楽しく」。それが天才・小野の哲学だ。そしてもちろんそれはプレーする自分だけでなく、見ている人も巻き込んでの「楽しく」である。

見る者すべてを魅了できる天才

 6月下旬のある昼下がりのことだった。チームは午前で練習を終えたのだが、選手はもちろん見学者もほとんどいなくなった午後、「宮の沢白い恋人サッカー場」のピッチに、小野はGK金山隼樹とともに現れ、おもむろにボールを蹴り始めた。個人的なコンディション調整なのだろう。

 だが、単なるパス交換ながらも、トラップしたボールを肩に乗せてみたり、ヒールキックで返してみたりする。たまたま散歩などで立ち寄った近隣住民たちは、まずは小野が目の前にいる事実に、次にその華麗なボール扱いに一様に目を奪われていたのが印象的だった。まさに歌うように、踊るようにボールを扱う小野。譜面に音楽記号の“カンタービレ”が記されているかのごとく舞い、見る者を感嘆させ、笑顔にもした。

 W杯期間中の約1カ月、サッカーファンたちはワールドクラスの選手たちが演じる「非日常」の祭典に酔いしれた。だが、その祭典が終わってからも、この札幌の街では小野が華麗に舞う。見る者すべてを魅了できる天才が北の大地で「日常」となった。この夏、北海道には最高に熱い日々が訪れそうである。

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著者プロフィール

1978年北海道生まれ。北海学園大学経済学部卒。札幌市を拠点に国内外を飛び回る。サッカーでは地元のコンサドーレ札幌、各年代日本代表を中心に、ワールドカップ、五輪、大陸選手権などの国際大会にも精力的に足を運ぶ

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