衝撃を与えた「ミネイロンの悲劇」
日々是世界杯2014(7月8日)

神妙な顔つきをした開催国の人々

1−7という衝撃のスコアで敗れたブラジル。多くのサポーターが涙を流した
1−7という衝撃のスコアで敗れたブラジル。多くのサポーターが涙を流した【写真:ロイター/アフロ】

 大会28日目。この日は準決勝のブラジル対ドイツが17時より、ここベロオリゾンテのミネイロンで行われる。大会2日目から準々決勝までのマッチデーは、常に2試合以上が行われていたが、この日から決勝までは1試合ずつ。試合数も残り4試合となった。4週間前に開幕した今大会も、いよいよ大詰めを迎える。


 この日は、朝からベロオリゾンテ市内のショッピングモールをはしごした。昨夜、原稿を書いていたら、PCの電源アダプターとカードリーダーが相次いで破損し、急いで代替品を購入する必要に迫られたからだ。海外取材も1カ月以上が過ぎると、どんなに注意していてもいろいろモノが壊れたり紛失したりする。問題は、ブラジルで同じような製品が売られているか。結果として、日本よりも若干価格設定が高かったものの、探し求めていたものを無事に購入することができた(当地は英語が話せる人が多かったのも幸いした)。


 準決勝当日とあって、セントロ(中心街)周辺ではセレソン(ブラジル代表の愛称)のレプリカを着た人々をよく見かけた。ただし、これまでと違ってこの日は皆ずいぶんとおとなしめ。というより、一様に神妙な表情である。この日の相手はドイツ。ラウンド16ではアルジェリアに延長戦までもつれ、続く準々決勝のフランス戦では1点を争う伯仲したゲームとなったが、いずれも持ち前の勝負強さで勝ち上がってきた強豪である。一方のブラジルは、薄氷を踏む思いでチリとのPK戦に競り勝ち、コロンビアには2−1で勝利したものの、ネイマールが相手選手の悪質なファウルを受けて骨折。キャプテンのチアゴ・シウバも累積警告で出場停止となってしまった。


 これまで、いささか無邪気かつ能天気にセレソンの勝利を信じていたブラジル国民。しかし、この緊急事態の上にドイツとファイナル進出を懸けて戦うとあって、国民の代表に対する真剣度と当事者意識がここ数日で急速に高まっているのを感じる。今大会の寵児(ちょうじ)となるはずだったネイマールを失ったことで、セレソンとサポーターとの間に強い結束力が生まれたならば、あるいはドイツを返り討ちにできるのではないか──。試合前には、そんなことを考えていた。

94年ぶりに更新された不名誉な記録

セミファイナルの会場となったミネイロン。まさかここでセレソンの歴史が塗り替えられるとは
セミファイナルの会場となったミネイロン。まさかここでセレソンの歴史が塗り替えられるとは【宇都宮徹壱】

 序盤はブラジルが積極的に仕掛け、ドイツががっちりそれを受け止めながら時おりショートカウンターを繰り出す展開で始まった。やや受け身で試合に入ったドイツは、まずはセットプレーからチャンスを見いだす。前半11分、右CKをトニ・クロースが蹴りこむと、ファーサイドに走りこんできたトーマス・ミュラーが右足インサイドで直接合わせてネットを揺らした。その直後、ブラジルサポーターの声援のボルテージも一段上がる。みんな必死だ。中にはすでに泣き顔の人もいる。圧倒的なホームの状態を創りだしているにもかかわらず、ブラジルの人々はなりふり構わぬ姿でセレソンに応援を続けている。


 ミュラーの先制ゴールは、悲劇に向けたプロローグでしかなかった。23分、ドイツは右サイドのスローインから、クロース、ミュラー、ミロスラフ・クローゼへとパスがつながる。クローゼのシュートは、いったんはGKジュリオ・セーザルのセーブに阻まれるも、こぼれ球を再びクローゼが押し込んで追加点。その後はドイツのショートカウンターがさえ渡り、わずか4分間で3ゴールを挙げる。24分には右からの折り返しにクロース、26分にはサミ・ケディラとのワンツーからまたもクロース、そして29分にはケディラのインターセプトからメスト・エジルを挟んで最後はケディラ。なんとブラジルは、前半だけで5失点を喫してしまう。前半終了のホイッスルと同時に、会場は怨嗟(えんさ)のこもったブーイングに包まれた。


 後半のブラジルは、ドイツ相手にいかに5点差をひっくり返すかというプレッシャーよりも、むしろ「6失点目の恐怖」のほうが強かったのではないだろうか。今大会の最多失点はスペインとスイスの5(それぞれオランダに1−5、フランスに2−5)。開催国ブラジルが、しかも準決勝の大舞台でそれを塗り替えるわけにはいかない。加えてもうひとつ、ブラジルの最多得失点差負けの「0−6」に並んでしまう可能性さえあった。もっとも、ブラジルのベンチでその事実に気づいていた選手やスタッフが、どれだけいたかは分からない。何しろこの不名誉な記録が生まれたのは1920年のことだからだ(ちなみに相手は、世界最強となる前夜のウルグアイ)。


 結局のところこれらの記録は、後半13分にクローゼに代わって入ったアンドレ・シュールレによって、一時的に更新されてしまう。後半24分、右サイドのフィリップ・ラームからの低いクロスに右足で合わせて6点目を決めると、その10分後にはミュラーの左からの折り返しに今度は左足でネットを揺さぶり7点目。この瞬間、94年という気の遠くなるような年月を超えて、ブラジルの不名誉な最多失点記録が更新された。と同時に、ブラジルのサポーターからも拍手が沸き起こる。とうとうセレソンの不甲斐なさに愛想を尽かしたのか、その後もドイツのパスが回るたびにスタンドから「オーレ! オーレ!」と大合唱が起こる。そして終了間際にオスカルが1点を返すと、今度は「今さら遅いんだよ!」と言わんばかりのブーイング。それでもこの1点により、最多得失点差負けの記録更新だけは回避された。


 やがて、アディショナルタイム2分を経て、終了のホイッスル。ファイナルスコア、1−7。長く辛い試合が、ようやく終わった。ワールドカップ(W杯)において、日本戦以外でこれほど胸が張り裂けそうになった試合は、今回が初めてである。

セレソンの心が折れた瞬間

試合後、ダビド・ルイスに声を掛けるチアゴ・シウバ。前半の5失点でセレソンの心は折れてしまった
試合後、ダビド・ルイスに声を掛けるチアゴ・シウバ。前半の5失点でセレソンの心は折れてしまった【写真:ロイター/アフロ】

 それにしてもワールドカップ(W杯)のセミファイナルで、これほど大差が開いた試合が、かつてあっただろうか? 調べてみると、1930年の第1回大会のアルゼンチン対米国とウルグアイ対ユーゴスラビア、そして54年大会の西ドイツ対オーストリアが、いずれも6−1というスコアで最多得点差記録となっていた(2次リーグ制の大会は除く)。今回のブラジル対ドイツは、それらを上回る記録となったわけである。余談ながらこの日の試合では、クローゼの大会通算ゴール記録が16点となり、元ブラジル代表のロナウドを抜いて単独トップとなっている。そんな大記録が目立たなくなるくらい、ブラジルの大敗はスキャンダラスであった。


 では、大敗の一番の原因は何だったのか。もはや「ネイマールの不在」だけでは、説明できないだろう。ひとつ手がかりになりそうなのは、試合後のスタッツ。ポゼッションではブラジル51、ドイツ49とほぼ互角だったのに対し、シュート数ではブラジル18(枠内13)に対して、ドイツ14(枠内12)。ブラジルのほうがシュート数で優っているにもかかわらず、スコアにこれだけの開きがあるというのが尋常でない。ブラジルに関しては、確かにドイツGKマヌエル・ノイアーのファインセーブに阻まれたシーンが3回ほどあったが、それ以外のシュートはさほどドイツに脅威を与えてはいなかった。数字上では互角かそれ以上であっても、数字に現れていない部分、とりわけメンタル面でブラジルは明らかに萎縮しているように見えた。


 確かにブラジルは、そこそこボールは保持できていたし、そこそこシュートも打っていた。が、ここぞというところでパスの呼吸が合わない。クロスを上げても誰も走りこんでいない。相手ボールになっても積極的にプレスを掛けようとしない。攻撃のためのリスクをとろうとしない。ファウルしなければ相手を止められない。これらブラジルのネガティブなプレーが目立つようになったのは、5失点を喫した直後からであった。あの瞬間、選手たちの心がポキリと音を立てて折れてしまったのだろう。前半を2失点で折り返していれば、まだ逆転の可能性はあった。しかし25分から29分にかけての、ショートカウンターからの3連続ゴールが、セレソンの闘争心を完全に萎えさせてしまった。


 かくして「優勝」を義務付けられていた開催国ブラジルの夢は、誰もが予想しなかった形で潰えてしまった。そして終わってみれば、ドイツの完ぺきなゲーム運びと無慈悲ともいえる攻撃力ばかりが際立ったセミファイナルとなった。今日の試合は「ミネイロンの悲劇」として、今後50年は語り継がれることだろう。そしてこの試合に出場した選手は、今後どのようなフットボーラーとしての栄達を極めたとしても、この日のトラウマを生涯引きずり続けることになるだろう。あらためて「サッカーの怖さ」を思い知ったベロオリゾンテの夜。試合後、メディアバスでセントロに戻ってみると、まだ20時を過ぎたばかりなのに、時おり聞こえる酔っぱらいの叫び声以外、街はひっそりと静まり返っていた。


<つづく>

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著はスポーツナビでの連載をまとめた『J2&J3 フットボール漫遊記』(東邦出版)

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