日本新まで3cm 躍進続ける走高跳の新鋭 実業団に進まず欧州で切り開く新たな道

折山淑美

自由な環境を求めて実業団に進まず

28歳で迎える東京五輪ではメダルも視野に入れる戸邉。今後の戦いがさらなる躍進の鍵となる 【スポーツナビ】

 そんな戸邉が筑波大を卒業して選んだのは、実業団に所属しないという道だった。駅伝がある長距離とは違い、トラック&フィールドではチームを持つ実業団は数社しかないのが現状で、トップ選手といえど進路は限られている。声を掛けてくれた実業団もあり、彼自身も地元の千葉県などの企業を訪ねて支援の要請をした。だがその中で、スポーツメーカーのスポンサードを受け、千葉陸上競技協会登録で競技を続ける道を選択した。

「僕の中では、今年と来年くらいは将来のために経験を積む年だと考えていて、ある程度は自分の思い通りにやりたいと思っていたんです。生活自体は実業団に入った方が安定はするけど、アシックスがスポンサーについてくれるという話があったので……。海外遠征などは日本陸連の強化費で賄えるから、『今は何も実業団に入らなくても』とコーチとも話して。とりあえず1〜2年はそういう形でやってから、その先のことは考えようということになったんです。もともと僕の中にも何か新しいことに挑戦したいというのもあったし、ヨーロッパに行ってやってみたいというのもありましたから」

 走り高跳びの場合はヨーロッパ中心で動いている。冬場は気温が0度前後になる(国内練習拠点の)茨城県つくば市では跳躍練習もできないが、ヨーロッパに行けば室内練習場もあって思うように跳躍練習もできる。さらに冬場から室内競技会も多くあり、高いレベルの競り合いも経験できるという利点がある。

「今年の冬にエストニアへ行った時は、試合をメインにして1カ月で4試合に出ました。その中でウホフ選手などレベルの高い選手とも試合ができて。そういう試合に出ていると、記録を出せばどんどん上のカテゴリーの試合に行けるというのもあるから、日本だと遠い存在にしか感じない(ワールドツアーの)ダイヤモンドリーグもその延長線上に見えるというか、『このくらい跳んだらいける』というのがハッキリしてくるんです。そういうものを目指している選手たちの中でやっていかなければ気付かないこともある。あの環境を経験して、高い意識を持てるようになったのも大きな成果だと思います」

 サッカーやバレーボールといった球技などでは、若い選手が成長するためには強い相手と試合をすることが必須だ。レベルの高い選手たちと戦うことで、よりハイレベルな戦術や技術、意識を学ぶことができるからだ。
 それは陸上競技でも同じだろう。国内の試合では優勝を決めてしまえば次は日本記録挑戦という形になってしまうが、ヨーロッパの試合なら、たとえ日本記録の高さでも競り合う相手がいて、戦いの中で挑戦しなければならなくなる。だから、その記録を壁のように感じることはないし、勝利を目指すトップ選手たちの戦い方も経験できるのだ。

「日本だと、コーチと話をしても『すべての動きをうまくやって踏み切りがキチッと合えば』みたいな、職人芸的な考えを感じるんです。でも、向こうで選手たちと話していると少し違って。例えばホルムもすごく突き詰めてやっているけど、ドライな部分もあるというか……理論には忠実だけど、無理せずやっているところも大きくて。走り高跳びは確実性を競う競技だから一発出すのも大切だけど、どれだけ高いものを安定させるかが勝負だと思うんです。だから、いつも2メートル35を狙うのではなく、30台を安定して出していく中で35を跳べばいいという考え方をする方が大事だと思うし、そんな意識で試合を数多く経験していけば、技術も自然に洗練されてくると思うんです」

 技術レベルがどんどん上がっていけば、日本のコーチが言うような職人芸のようなものに達するのかもしれない。だが今はそこに目を向けるのではなく、“確実に2メートル30以上を跳ぶために必要なものは何か”ということを考えていきたいというのだ。

集大成の東京五輪でメダルを狙う

 一時は記録的には低迷していた世界の走り高跳び界だが、近年は2メートル40台を跳ぶ選手も複数登場するようになり活況を取り戻しつつある。そんな時期に戸邉が記録を伸ばし始めたというのも幸運なことだろう。自分が経験した世界を日本にも伝え、2メートル40前後の選手が3〜4人で競り合うロシアのような状況を、日本でも作りたいともいう。

「本当は秋までに2メートル30をと思っていたけど、早い段階でそれを達成したから上方修正というか、今後どこまで記録を伸ばせるかですね。本当は日本選手権で日本記録を跳んでダイヤモンドリーグに行きたいと思っていたけど、日本選手権がだめだったから、まずは早めにダイヤモンドリーグに出られるくらいの記録を跳ばないと……。アジア大会では2メートル40を跳んでいるムタズ・エサ・バルシム(カタール)とどこまで戦えるかという楽しみがあるけど、その前に9月のコンチネンタル杯(モロッコ・マラケシュ)のアジア代表に選ばれるくらいになっていれば最高ですね」

 集大成となる20年の東京五輪ではメダルを狙えるまでになっていたいと、戸邉は言う。そのためにも、2メートル30台に入った今年には、一気に35超えを果たしたいとも。新たな道を選んで歩み始めた彼が、今季の飛躍を確実なものにできるかどうか。それはこれからの戦いに懸かっている。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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