奈良くるみ、4年ぶりの全仏に見た成長 躍進生んだ“苦手のクレー”で得たもの

内田暁

序盤は攻めるも突き放せず

世界7位のヤンコビッチ相手に、奈良は序盤こそ攻めたが突き放すことはできなかった 【Getty Images】

 4年ぶりに帰ってきた全仏オープンの初戦で奈良は、しぶとさに定評のあるアンナ・タティシュビリ(米国)を6−1、6−4で破り、同大会初勝利を手にした。彼女にとって、全仏は唯一勝ち星の無いグランドスラムでもあったが、奈良は「それは特に意識はしなかった」と言う。記録を気にしたり、過去との比較で感傷的な気分に浸るのは、あくまで外野の視座である。今を戦う当人には「今年のクレーシーズンは、勝っても負けても収穫があるようにしたいと思っていた」と、どこまでも未来しか見えていない。そうして彼女は、最も身近な未来である2回戦へと視線を向けた。待ち受ける相手は、今大会の第6シードにして、過去グランドスラム2大会連続で対戦しているエレナ・ヤンコビッチ(セルビア)。戦いの舞台には、センターコートが用意された。

「センターコートと聞いた時は、正直びっくりした」と奈良は言う。子供の頃からテレビで見ていた、テニス選手にとって最高の舞台。実際にその場に立った時に去来した思いは、「テレビ中継されてるんだよな……。自分は、どんな風に映っているのかな」だったというのだから、初々しくも肝が据わっている。

「センターコートの緊張感より、勝ちたいという緊張の方が大きかった」
 そう振り返るほどに、善戦ではなく勝利を欲した奈良。その覚悟は、試合開始直後の攻撃的姿勢となって、155.5センチの小さな体からあふれ出る。フォアで互角に打ち合い、先にストレートに展開する。相手の体勢が崩れると見るや、コート深くに踏み込んで、浮いた返球をスイングボレーでたたき込む。奈良がこの2年間、取り組んできた「コートも頭の中も広く使う」プレーは、世界最高峰の赤土のコートで、世界7位を慌てふためかせた。

 ただ、結果論ではあるが、畳みかけるように攻めた立ち上がりで、相手を突き放さなくてはいけなかった。第2ゲームでは、ブレークポイントで決定的なチャンスボールも得ている。だが、ここで放った渾身のショットは、山を張ったように動いたヤンコビッチの正面を突き、ボレーで決められてしまった。

 その後は並走状態が続いたが、ゲームカウント5−5からのサービスゲームで、2度のデュースの末についに奈良がブレークを許す。57分を要した第1セットを手にしたことで、世界7位は心身の余裕を得た。第2セットは、攻める奈良のショットが少しずつラインを割り、最終スコアは5−7、0−6だった。

 強者を倒すべくリスクをとった勲章は、相手の14本を上回る17本のストロークウイナー。代償は、ミスの少ない奈良には珍しい、26本のアンフォーストエラーである。

センターコートで戦えるシード選手を目指して

「自分のできることは出し切った。その中で、これが相手と自分の実力差」
 試合後の奈良は、必要以上に悔しがるでも、かといって序盤の互角以上の展開に満足感を見せるでもなく、客観的に試合を分析した上で、自身の立ち位置を再確認しているようだった。今の彼女は、世界の44位。他国のトッププレーヤーたちにも、「Kurumi Nara」の名前と顔は広く知られ始めている。プレーヤーズラウンジでも選手たちに声を掛けられたり、練習相手やダブルスパートナーの申し入れを受けることが多くなった。

「すごく気持ち良かった」
 初めて立ったセンターコートの居心地をも、彼女はシンプルにそう言い表す。そしてこう言葉を続けた。
「こういうところでプレーできるシード選手になりたい」

 今の地位につながる躍進の契機を、彼女は約1年前に、北米のクレーコートでつかんだ。そして今回、世界で最も誉れ高いローランギャロスのクレーコートで、彼女は心に野心の火を灯した。
 4年前、プレーヤーズラウンジの隅で居心地の悪さを覚えた少女は、もう居ない。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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