大久保嘉人を支えた父との絆、その原点 進化の裏にある指揮官やパサーとの関係性

江藤高志

風間メソッドと中村との共演

大久保が得点を量産できるのは本人の努力と風間監督の指導、パサーである中村の存在も大きい 【写真:アフロスポーツ】

 メディアによって大久保の情報が伝えられることで徐々に世論にも火がつく。代表発表を前にこれだけ騒がれたのは、彼がゴールという形で結果を出してきたからにほかならない。ヴィッセル神戸で過ごした最終年の2012年にはわずか4ゴールしか奪えなかった男が、川崎フロンターレへの移籍直後にキャリア最多の26ゴールを奪えたのにはわけがあった。一つは、30歳を超えてさらにその能力を進化させるだけのメソッドを持つ風間八宏監督の指導を受けたから。そして大久保自身の弛(たゆ)まぬ努力があり、中村憲剛という希代のパサーとの共演が実現したからだった。

 風間監督の指導について大久保は、常々「川崎に来てうまくなった」と述べてきた。特に狭いエリアで相手選手を外す動き出しのコツやタイミングの取り方、パサーとの連係がそのポイントだった。元来彼が持っていた高い技術を、適切なタイミングで使うための方法論が教え込まれ、それが日々の練習や実戦の舞台でコンビネーションとして定着していった。

 日々努力を続けてきたという点については、毎日の練習を見ていれば一目瞭然である。全体練習後、川崎は各選手が自らに足りていないと考える内容について居残り練習を行っている。ある選手は、中長距離のキックについて精度の向上に取り組み、ある選手はヘディングでのクリアに黙々と打ち込む。もちろん体のケアを優先させる選手たちはそのまま練習を切り上げることも珍しくない。そんな選手たちの集団の一つに、シュート練習を行うグループがある。若手を中心としたこの輪の中に、ほとんど毎回、大久保の姿はあった。大久保自身が課題を想定し、それに取り組む。そんな練習の日々の中で、彼はシュートの精度を磨いていった。

 努力によって技術を磨き、その技術を発揮するメソッドを風間監督から教え込まれる。そして大久保のタイミングや技術を理解し、決定機へと昇華してくれたのが中村だった。その中村は大久保との連係について、2010年までの代表での経験を問われると「あまりなかったですよ」と述べている。そしてそもそも「コンビネーションで崩せる選手だとは思っていなかった。一人でもっとやれちゃう選手だと思っていたので、これだけこまめにパスを回せて、アイデアもあるとは思わなかった」と言葉を続けている。

求められるゴールという結果

 12日、羽田空港で共同会見に応じた大久保は、質問者から、本田圭佑(ミラン/イタリア)や長友佑都(インテル/イタリア)が公言してきたW杯優勝という目標について尋ねられ、こう答えている。

「優勝を目指してやることはいいことだと思います。それは目指さないと。一つにならないと」

 そうやって代表の中核を担う選手たちの言葉に賛同し、結果を出すために大久保が行うこと。それはゴールを奪うということだ。風間監督は常々「選手個人の利益がチームの利益になるよう」指導してきた。この日本代表チームでも大久保は何を求められ、そのために何をしなければならないのかを理解した上でゴールを目指すことになるのだろう。

 大久保嘉人という選手は、W杯・南アフリカ大会終了後、オーバートレーニング症候群を発症し、燃え尽きてしまうほどに気持ちを込めて戦える選手だ。だからこそ代表選出後の会見で口にした「日本の目標を達成できるよう、頑張りたいと思います」との言葉が頼もしく聞こえた。今はまだ夢物語にしか聞こえない“W杯優勝”という目標を現実化させるためにも、大久保の活躍は必要不可欠。風間監督仕込みのスキルで裏に抜け出し、相手ゴールに迫る場面を一つでも多く見せてほしいと思う。そして5月10日のリーグ戦第13節鹿島戦で見せたような、1対1のGKをステップで寝かし、そしてDFを避けてゴールに流し込むようなスキルフルなゴールを本大会でも見せてほしいと思う。

 最後になるが、大久保の得点王獲得に必要不可欠なピースだった中村が選ばれなかったことは残念だった。中村は大久保とのコンビについて聞かれた5月11日の取材の中で次のように述べていた。

「(大久保が中村と共に選ばれたいと話してたが)それはもう、僕もそう思っています。一番よく分かっているし……といっても1年ちょっとですが、これだけお互いのプレーの感覚が合う選手はそういないでしょ」

 風間監督も彼ら2人のコンビネーションについて「今の代表にはないテンポを持っている。だから2人とも入ると思っています」と述べていた。もちろんチームメートも彼ら2人のダブル選出に期待を寄せていた。しかし、中村や川崎の関係者の夢は、叶わなかった。わずか23人しか選ばれない日本代表チームに入ることの難しさ、尊さを改めて痛感させられる中村の落選と、大久保のサプライズ選出だった。

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著者プロフィール

1972年、大分県中津市生まれ。工学院大学大学院中退。99年コパ・アメリカ観戦を機にサッカーライターに転身。J2大分を足がかりに2001年から川崎の取材を開始。04年より番記者に。それまでの取材経験を元に15年よりウエブマガジン「川崎フットボールアディクト」を開設し、編集長として取材活動を続けている。

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