“甲子園を目指さない”高校野球部の挑戦 芦屋学園は野球界の新たな選択肢となるか

中島大輔

キュラソー式に似ている芦屋学園の育成システム

高校におけるスポーツのあり方を変える可能性を秘める芦屋学園の取り組みは注目だ 【写真提供:芦屋学園】

 もうひとつ、芦屋学園に期待することがある。筆者は2月下旬、カリブ海に浮かぶオランダ領キュラソーに取材に出掛けた。人口15万人、国土面積は種子島と同じほどの小島からウラディミール・バレンティン(東京ヤクルト)やアンドリュー・ジョーンズ(東北楽天)、昨年メジャーリーグでゴールドグラブ賞に輝いたアンドレルトン・シモンズ(ブレーブス)、ドジャースのクローザーとして活躍するケンリー・ジャンセンなど、数々の名選手が輩出される理由を探ることが目的だった。

 その背景にあるのが、緻密な育成システムだ。キュラソーの少年野球リーグは「プリ・インファンティル(7〜9歳)」「マイナー(9、10歳)」「リトル(11、12歳)」「ジュニア(13、14歳)」「シニア(15、16歳)」「ジュベニル(16〜18歳)」と6つの年代に分かれ、一般的に年齢を経るごとに同じチーム内で昇格していく。

 中学から大学まで一貫教育する芦屋学園ベースボールクラブは、キュラソー式に似ている。日本のように年代別で環境が変わる利点もあるが、同じチームでプレーし続けるメリットは大きい。長期的な視点で育成でき、実力をつければ飛び級させ、レベルの高い選手たちとプレーさせることができる。芦屋学園ベースボールクラブでは育成軍で上達した場合、大学生がプレーする2軍に昇格させるケースもあるという。

片岡GM「プロ野球選手、メジャーリーガーを育てたい」

 もちろん、課題もたくさんある。芦屋学園が提携する兵庫の選手たちは無給で、これをプロと呼んでいいのかは疑問符がつく。さらに、ベースボール・ファースト・リーグは今年誕生したばかりで、経営基盤が盤石ではない。兵庫との提携関係が崩れたとき、芦屋学園ベースボールクラブの運営モデルは根底から覆されかねない。

 しかし、それでも彼らの取り組みは注目に値する。高校におけるスポーツのあり方を、変える可能性を秘めているからだ。
 大八木がこんな話をしていた。
「われわれの取り組みについて、絵に描いた餅だと思っている人もいる。新しいことをすると、いろいろ摩擦も起こってくる。人間は慣習性を大事にするから、それは仕方がない。最低でも3年くらいかけて、いろんな精査をしながら方向性を見出すのが大事だと思う」

 GMの片岡は野球教室で少年たちと接するたび、少年たちの夢がスケールアップしたことに驚かされるという。
「僕がプロ野球に入った90年代前半は、メジャーリーガーになろうなんて思いもしなかった。それが今は、大谷翔平選手(北海道日本ハム)のようにドラフトの時点で高校生が日本か、メジャーかと悩むようになっている。高校野球は1年、1年が勝負だが、芦屋学園では将来大成できるような指導をして、プロ野球選手、メジャーリーガーを育てたい」

サッカー界の高校とユースの共存のように

 93年のJリーグ誕生とともに下部組織のユースチームができたとき、懐疑的な声が多かった。サッカー少年たちは冬の高校選手権を勝ち上がり、国立競技場でプレーすることに憧れていると誰もが思っていたからだ。
 だが現在、プロサッカー選手を目指す少年にとって、高校のサッカー部ではなくユースに進むのは現実的な選択肢だ。マンチェスター・ユナイテッドの香川真司やセレッソ大阪の柿谷曜一朗は、クラブユースを経て日本代表に羽ばたいている。そのルートは21年前、ほとんどの者が想像できないものだった。

 甲子園を頂点とした日本の高校野球は素晴らしいが、他の枠組みが存在してもいい。高校のサッカー部とJリーグなどのクラブユースが共存するサッカー界のように、野球界にも多様な選択肢ができればと思う。
 現状、芦屋学園にプロ野球を目指せる生徒はいない。しかし将来どうなるかは、誰にもわからない。彼らが現在のシステムに風穴を開ける可能性は、決してゼロではない。

 この春、想定していた15人に近い選手が集まったことに関し、育成軍の監督を務める永山は安堵(あんど)の表情を見せた。
「われわれの取り組みに賛同して下さった方が、ちょうど想定していたくらいの人数になって良かった。少なすぎず、多すぎず、ホッとしました。これからがスタートだが、育成方針としてはまずは学業優先。基礎と体づくりからじっくり始めたいと思う」

 芦屋学園が歩んでいるのは、いばらの道だ。理想の実現には、長く、険しい道のりが待っている。
 だからこそ、ひとりの取材者として長い目で見ていこうと思っている。

=敬称略=

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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