真央、大輔ら4年間の締めを見届けたい=フィギュア・エキシビションのススメ

長谷川仁美

真央、羽生ら日本勢4選手が出場

エキシビションには浅田真央も招待枠で出場する。過去の名選手に並ぶ、印象深いナンバーになりそうだ 【写真:アフロ】

 日本時間21日、金曜日早朝のフィギュアスケート女子フリースケーティング(FS)での浅田真央(中京大)らの演技に涙した記憶もまだ新しいが、ソチではもうエキシビションが始まろうとしている。

 エキシビションとは、五輪に限らず、世界選手権や全日本選手権など、大きな大会の最終日に開催されるもの。各大会で上位に入った選手と開催国選手、それ以外にも印象的な演技を見せた選手が招待され、試合とは違うプログラムを滑る特別な場だ。ソチ五輪では、各カテゴリーから上位5位までの選手と、ロシア選手、そして招待選手たちが出演する予定。エキシビションでは、試合のプログラムでは禁止されているバックフリップ(後方宙返り)もできるし、小物を持ち出すことも可能、ルールから解放された空間を楽しめる。

 日本からは、男子金メダリストの羽生結弦(ANA)、5位の町田樹(関西大)が選ばれ、招待選手として6位の高橋大輔(関西大大学院)、女子6位の浅田も出演する。プログラム予定曲とともに紹介しよう。

 羽生は「白鳥の湖」をアレンジした曲「ホワイト・レジェンド」を選んだ。もともとは、東日本大震災直前の2010−11シーズンのショートプログラムであり、仙台で被災した彼が、ホームリンクを失ってスケートを続けていいのか悩みながら出演した震災後初めてのチャリティーショーで見せたプログラムでもある。スケートへの思いを再確認し、強くなると決めた、彼にとって大きなプログラムを、ここで披露する。

 町田は今シーズン好演してきた「白夜行」を、そのストーリーになぞらえて昨年クリスマスイブ(全日本選手権のエキシビション)に封印したこともあり、過去の「Don’t stop me now」を滑る。真面目な少年がロックスターに憧れてエアギターをかき鳴らす夢を見るストーリー。等身大の町田樹をまっすぐに見せる、楽しいプログラムだ。

 高橋は「ブエノスアイレスの春」。昨シーズンのエキシビションで見せた、セクシーで濃厚な、間もなく28歳になる男性の色香を放ちまくるプログラムだ。10−11シーズンにフリーで、同じピアソラの「ブエノスアイレスの冬」を滑っていることもあり、スケートファンにとってはバンクーバー五輪からの4年間を自然に振り返れる、また五輪でだけ見る人たちには男子スケーターの可能性に驚く数分間になるだろう。

過去の五輪には印象深いナンバーも

 今回の日本男子3選手の場合とはケースが異なるが、エキシビションナンバーは、まだシーズンが始まる前、昨年の春の終わりや夏に新しく振り付けていることが多い。その時点で選手たちは、五輪の場でそのナンバーを滑ることを想定している。そうやってイメージして、金メダルをずっと夢見て、目指して、手の届くところまできて……それでも手にできなかった人たちのエキシビションナンバーには、印象深いものが数多くある。

 例えば、2002年ソルトレイクシティ五輪でのミシェル・クワン(米国)の「Fields of Gold」。その4年前の長野五輪で銀メダリストだった彼女は、地元米国での五輪に金メダル候補として臨むのだが、銅メダリストとなってエキシビションに出場する。金色の衣装を着た彼女が、「西風が吹いたら、私のことを思い出して。空には太陽が輝いていて、金色の草原を私たちが歩いたことを」という歌詞のしっとりしたメロディーに乗って滑る姿は、とても気持ち良さそうだった。遠目には終始笑顔に見えていた彼女だったのだが、滑り切ってアップになると、笑顔の頬には涙がつたっていた。

 06年トリノ五輪でのイリーナ・スルツカヤ(ロシア)の「so many things」も、4年前のクワンと同じような思いを感じさせた。「もう忘れてしまった、たくさんのことがあった」という歌詞に、彼女のスケート人生を重ね合わせずにはいられない。病気などによるブランクも越えて、金メダリスト候補として臨んだ3度目の五輪(結果は銅メダル)。静かな笑みの奥に、彼女の万感の思いが垣間見えるエキシビションだった。

私たちは真央から何を受け取るだろう

 今回招待された浅田のエキシビションも、この2人のナンバーに並ぶものになるだろう。
 金色の、シンプルで大人っぽいコスチュームを身に着けた「smile」と「What a Wonderful World」。初めて披露したのは昨年7月のアイスショーだったが、そのときからクワンやスルツカヤのエキシビションのように、観た人の心に静かにじんわりと染み入って、長い間忘れさせないプログラムになる雰囲気をたたえていた。これはもちろん、五輪で金メダルを取れないだろうという空気を感じたという意味ではない。世界のトップで長く戦ってきた年月の中でアップダウンを経験し、それでもスケートを諦めず、言い訳もせず、いつも笑顔を見せ続けてきた。それによって、自国だけでなく世界中の選手仲間や関係者、ファンに広く愛されてきた、ほんの一握りの選手だけがたたえることのできるオーラを、すでに昨夏の段階で感じさせていた、ということだ。

 エキシビション冒頭の「胸が痛むときも、傷ついたときも、ほほ笑みを。(中略)ほほ笑めば、明日あなたのために太陽が照らすよ」という歌詞。そのメロディーに合わせてにこやかに笑みをたたえる浅田から、私たちは何を受け取るだろう。

 エキシビションに出場できるのはとても誇らしいことであり、なかでも五輪のエキシビションとは、この4年間、そしてそのスケーターのこれまでの努力や苦労が報われる舞台でもある。

 このエキシビションを、現役選手としての最後の場とする人たちもいるし、これからの若手選手たちはアピールの場と捉えて、あえて4回転などを見せるかもしれない。10代半ばから30歳前後の選手たちは皆、この場に立つまで1日1日を積み上げてきた。それぞれの数分間を、祝福とともに堪能し、これまでの4年間の締めくくりを、じっくりと見届けたい。

<了>
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著者プロフィール

静岡市生まれ。大学卒業後、NHKディレクター、編集プロダクションのコピーライターを経て、ライターに。2002年からフィギュアスケートの取材を始める。フィギュアスケート観戦は、伊藤みどりさんのフリーの演技に感激した1992年アルベールビル五輪から。男女シングルだけでなくペアやアイスダンスも国内外選手問わず広く取材。国内の小さな大会観戦もかなり好き。自分でもスケートを、と何度かトライしては挫折を繰り返している。『フィギュアスケートLife』などに寄稿。

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