改めて問う高校サッカー選手権の価値=ベスト4進出監督が語る「選手の成長」

安藤隆人

一番大事なのは『選手の成長』

リーグがあって最後に選手権があるという流れが重要と語った星稜・河崎監督。選手を成長させる度合いとしては選手権が一番だという 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 3氏が選手権の重要性を強調する中で、大塚監督はちょっと違った目線があった。

「世界から見れば異質の大会だと思う。観客がこれだけ入って、マスコミがここまで騒ぐのはある意味クレイジーですよね。選手権は続けるべきとか、やめるべきとかはあまり思わない。リーグ戦であろうが、トーナメント戦だろうが、一番大事なのはあくまでも『選手の成長』につながること。

 高円宮杯プレミアリーグでも、選手権でもいいサッカーをしているチームがいる反面、試合中のファウル数が圧倒的に多いチームがある。それはファウル数を増やしてまでも、勝とうとしているから。そういうのを見ると、いくらリーグ戦がいいと言われても、意義は弱くなる。降格したくないから、勝利にこだわりすぎてしまっては本末転倒だと思う」(大塚監督)

 大塚監督は大会形式というよりも、あくまで『選手の成長』が第一であることを強調した。興味深かったのは、『大観衆に見られることによる選手の成長』という面で、4氏の意見が一致したことであった。

「周りの目で鍛えられていく。メディアに注目されて、大観衆の中で活躍するには、自分を磨かないといけない。一昨年(第90回大会)の浅野拓磨(サンフレッチェ広島)、田村翔太(福島ユナイテッド)もたくさんの人に注目されることで、眠っていた潜在能力が引き出された。特に浅野は自分の能力に気付いていなかった。いくら僕らが気付いて言っていても、やっぱり自分自身が自覚したり、自立しないとダメ。彼は選手権に出て、『俺が引っ張る、いずれは日本代表になる』という思いが強くなった。メンタル的な変化で劇的に伸びるんです。

 今年のチームなんかは典型的。選手権予選を勝ち抜いての変化と、今大会での変化はすさまじい。自信がついたことで、いろんな発想ができ、ピッチの中で表現できるようになった。正直、国立に来るなんて夢のまた夢だった。選手たちには本当にいい意味で裏切られた。うまい選手から『信頼される選手』に変わっていくんです」(樋口監督)

「大観衆の中でサッカーができること、多くのメディアに取り上げられること。その中でひとつ、ふたつ勝っていくことで、見違えるような選手になる。自分の良さとして気付かなかったものが、周りから拍手や注目を浴びることで、『それが自分の良さだ』と気付くようになる。それに気付いた選手の成長速度は速い。いくら指導者が気付いていても、選手たちに気付かせるように話をしても、本当に心には響いていない。それを響かせてくれるのが選手権。大会が選手を成長させる度合いとしては、選手権が一番」(河崎監督)

「選手を大人にしてくれる。メディアや大観衆に見られる中でのゲームは、本当にいろんなことを教えてくれる。指導者がいくら言っても分からないことが、リアリティーを帯びて選手に入ってくる。急激に成長する舞台ですよね。小屋松(知哉)もこの大会で劇的に成長した」(米澤監督)

「地元の人々、大観衆、メディア。これだけ多くの人が関わる中で、選手たちはいろんなものを背負っているのでさらに成長する。今大会もウチに1000件以上もの励ましのメッセージが届いている。それはほかの大会ではあり得ないこと。自分がやることで、人を喜ばせることができることを、選手たちが実感することで成長するんです。

 実はイングランドでは、FAユースカップ(トーナメント形式の大会)だと、FAリーグよりも観客が入るんです。リーグはそれぞれのクラブ練習場でやるけど、FAユースカップだと決勝はウェンブリーを使うこともある。かつて(ポール・)スコールズ、(ライアン・)ギグス、(デイビッド・)ベッカムがいたマンチェスター・ユナイテッドユースは、FAユースカップで優勝して、その若い選手の活躍を(アレックス・)ファーガソンが引き上げて育てている。このようにFAユースカップで急速に台頭してくる選手もいる。それは選手権と似ている」(大塚監督)

日本特有の文化をなくしてはいけない

 4氏には非常に興味深い意見を多くいただいた。文字数の関係上、すべてをお見せできないのは残念だが、それぞれの考え方があったり、また共通する部分もあり、とても有意義なものであった。

 選手権について巻き起こる議論の多くは、冒頭で書いたように、リーグ戦との比較やJユースとの比較がある。確かにリーグ戦も育成年代の強化に必要不可欠なものであるし、Jユースが力を持つことは健全なことだとも思う。逆を言えば、高校チームが力を持ってもいい。選手権に関しては、柔らかく言うと、「あっていいじゃないか」という主張を筆者は持っている。

 失くすのは簡単だが、92回も続いた伝統をあっさりと失わせること、選手権にモチベーションを持ってサッカーに打ち込んでいる選手たちを無視することは有意義と言えるだろうか。革新を進め、リーグ戦文化を徹底して根付かせるのもいい。だが、トーナメントを、選手権を排除すればいいとは思わない。

「リーグがあって、最後に選手権がある。その流れはとても重要。この大会は連戦だけど、高校生にとってはパフォーマンスを出しやすい大会。この流れを成熟させないといけない」(河崎監督)

「リーグ戦がいくら普及しても、指導者の捉え方が変わらなければ一緒。選手の成長過程の中に選手権があると指導者が捉えていれば、これほど素晴らしい大会はない」(大塚監督)

 筆者はこの2人の意見に同意である。リーグ戦ありきの中で、高体連は総決算に選手権がある。この流れは日本特有の文化であり、なくしてはいけないものだと考えている。

<了>

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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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