「Jリーグ提携国枠」とは何か?=東南アジアの新たな可能性と抱える課題

本多辰成

可能性を秘めた『眠れる獅子』

ティーラシンらJクラブが注目する逸材もいるが、タイリーグのサラリー高騰など問題も少なくない 【Getty Images】

 東南アジアの選手の能力に対する驚きの声は、木場氏に限ったものではない。木場氏と同じく現役の最後をタイリーグで過ごし、引退後も現地に残って指導者としての道を着実に歩んでいる丸山良明氏(元横浜F・マリノスほか)もこの地のポテンシャルの高さに衝撃を受けた一人だ。

「もともと東南アジアの人たちはサッカーが好きで、暇さえあればボールを蹴っています。タイは特にセパタクローやムエタイをやっているからなのか、日本人ではなかなかできないようなボールの蹴り方や身のこなしが身についているところもある。日本よりポテンシャルは高いんじゃないかと感じる部分もありますね。本当にこの国のポテンシャルは計り知れない、『眠れる獅子』だと思うんですよ」

 さらには、ワールドカップ南アフリカ大会で日本代表のGKコーチを務め、現在はタイリーグの名門・チョンブリFCとタイ代表のGKコーチを兼任する加藤好男氏も同じくその驚きを隠さない。

「驚いたのは、彼らのポテンシャルはめちゃくちゃ高いんですよ。身体能力も日本と比べて見劣りしません。判断を伴った技術については問題を感じましたが、これは日本もJリーグが始まって外国人指導者が来たことによって身についた部分。タイは、アジアのトップレベルを目指す力が十分にあると思っています」

 日本のトップレベルを知るサッカー人たちがこれだけそろって「驚き」を口にするところからも、日本人の感覚と少なからぬギャップがあることがうかがえるだろう。代表チームの実力と個の才能のポテンシャルは必ずしも比例しない、とも言えるのかもしれない。

「提携国枠」は潤滑油となれるか

 では反対に、東南アジアの選手たちにとってJリーグは魅力的なリーグなのだろうか。その点については、経済や国内リーグの状況によって国ごとに異なるため一括りにすることはできない。Jリーグの中西氏は、そのあたりの現状を以下のように語る。

「経済規模を考えても、タイやインドネシアの選手がJリーグでプレーすることが一番大きいですよね。ただ、タイの場合は今、いい選手のサラリーはかなり高くなっています。条件がすごくよければ行くけども同等の条件であればタイにいたほうがいい、とタイの選手は言います。そこで、比較的獲得が可能で、かつ成功する可能性も考えた上でまずはベトナムのレ・コン・ビン選手に白羽の矢を立てたということです」

 経済とリーグの成長によるサラリーの高騰が一つのネックとなっているというタイは、中西氏の発言からもうかがえるように、国民性として内向的な傾向があるのもやや気がかりなところ。「日頃から必ず二人部屋を好む」など、タイ人選手には寂しがり屋とも言えるような独特の一面があることも現地ではよく語られるところで、海外に羽ばたくという発想を持ちにくい気質があるのは否定できない。

 また、このエリア最大の経済大国であるインドネシアに関しては国内リーグが分裂状態にあり、そもそも「提携国枠」の対象となる目処が立っていないだけに、当面のクリアすべき課題といえるだろう。

 とはいえ、東南アジアにはおそらく日本人の想像以上に多彩な才能が点在するのは事実。たとえばタイには、高い得点力と卓越した技術で「東南アジアナンバーワン」とも言われるタイ代表のエース、ティーラシン・デーンダー(SCGムアントン・ユナイテッド)という逸材がおり、早くから複数のJクラブも熱い視線を送っている。だが彼には海外志向こそあるものの、今のところその目はヨーロッパに向けられているようで、それはアジアにおけるJリーグの存在感がまだ不十分であることの象徴のようにも思える。

 それでも、レ・コン・ビンの成功によって一つの「方程式」が示された今、この「提携国枠」の導入がその流れを加速させる潤滑油となることを期待したい。

<了>

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著者プロフィール

1979年生まれ。静岡県浜松市出身。出版社勤務を経て、2011年に独立。2017年までの6年間はバンコクを拠点に取材活動を行っていた。その後、日本に拠点を移してライター・編集者として活動、現在もタイを中心とするアジアでの取材活動を続けている。タイサッカー専門のウェブマガジン「フットボールタイランド」を配信中。

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