松井裕樹は如何にドラ1候補になったか=「特別な存在」が描かせた成長曲線

大利実

「思った以上の成長」も5度目の対戦は敗戦

横浜高に敗れ涙した今夏。松井裕樹はその時できなかった恩返しをプロの世界で果たす 【写真は共同】

 3年生が抜けたあとの新チーム。横浜高も東海大相模高も、「打倒・松井!」と口にするようになった。松井は「ピッチングの幅を広げたい」と秋の大会を終えてから、チェンジアップのマスターに力を入れた。
 同時に体作りにも着手。夕飯時には1.1キロの白米を食べ、トレーニングでは器具を使ってのスクワット、ポール間でのインターバル走で下半身をいじめぬいた。

 3年春の4回戦、横浜高と4度目の対戦が待ち受けていた。10時試合開始の予定が雨の影響で14時3分プレーボールになったにも関わらず、松井は初回から圧巻の6者連続三振。スライダーはもちろん、ストレートのキレが明らかに増していた。そして、2番・長谷川寛之、4番・高濱に対しては外に逃げる新球・チェンジアップで空振り三振に仕留めた。

 結局、5安打13奪三振で完封勝利。4度目の対戦で一番の安定感を見せたのが、この試合だったかもしれない。野呂監督は「こちらが思っている以上に成長してくれている」と、松井をたたえていた。

 しかし、高校生活最後の夏、松井は決して本調子ではなかった。初戦の相洋戦は4対2の冷や汗発進。2失点にこそ抑えたがストレートでもスライダーでもなかなか空振りが取れず苦しめられた。「(6月の追い込みの)疲れが抜けてなかったのもありますけど、あんなに苦しくなるとは思っていませんでした」と明かす。
 同時に、「プレッシャーもありました……」とポツリ。チームメートには、試合前に「やべぇ、吐きそう」と漏らしていたこともあった。
 そして、準々決勝で横浜高と5度目の対決が実現。初回に先制するも、4回に高濱に初球のチェンジアップをバックスクリーンにぶちこまれる同点弾。試合展開を左右する大きな一発だった。

 実は初回から3回まで、松井はチェンジアップを2球しか使っていない。もっと多投してくると思っていただけに意外だった。
「初めからすべて見せることはないので、展開を見ながら……と考えていました。でも、あの日はチェンジアップがそこまで良くなくて。高濱に打たれたところで、今日のチェンジアップは難しいなって」
 必然的にストレートとスライダーの2球種での戦いとなった。6回まで5安打にしのいでいたが、7回に浅間にインコースの逆球をライトに放り込まれ、逆転負けをくらった。

涙の謝罪……恩返しの場はプロへ

 試合後泣きじゃくる中、松井がしぼりだした言葉が印象的だった。

「期待に応えられず、すいませんでした……」

 あの言葉は誰に向けてのものだったのか、ずっと気になっていた。
「いろんな方に応援してもらっていたんですけど、特に毎試合のように桐光のグラウンドに足を運んでくださった方がたくさんいらっしゃったので、そういう方たちのためにも甲子園に行きたかったなって」

 恩返しの場は、プロの世界に変わる。目標のピッチャーを聞くと、「松井裕樹を作りたい」と語った。では、今の松井裕樹はどのあたりまで作られているのだろうか。

「実際、プロのレベルを肌で感じてみないと分からないことが多いと思うのですが、自分の武器は全力で腕を振って投げるストレートと勝負球のスライダー。この2つで勝負していきたいと思っています」

 意中の球団はなく、「小さいころからの憧れだったプロ野球という舞台に挑戦したい」と口にした。1位指名に何球団が競合するのか。運命の日が間もなく訪れる。

<了>

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著者プロフィール

1977年生まれ、横浜市出身。大学卒業後、スポーツライター事務所を経て独立。中学軟式野球、高校野球を中心に取材・執筆。著書に『高校野球界の監督がここまで明かす! 走塁技術の極意』『中学野球部の教科書』(カンゼン)、構成本に『仙台育英 日本一からの招待』(須江航著/カンゼン)などがある。現在ベースボール専門メディアFull-Count(https://full-count.jp/)で、神奈川の高校野球にまつわるコラムを随時執筆中。

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