チーム強化が実を結んだ劇的なJ1昇格=奇跡の甲府再建・海野一幸会長 第5回
入れ替え戦で照明が落ちるというハプニング
入れ替え戦の第2戦ではバレーがJリーグ記録となる1試合6ゴールをあげ初のJ1昇格に導いた 【写真:ヴァンフォーレ甲府】
ちょうど奈須伸也がタックルで相手を倒したところだった。ペナルティーエリアの中なのか、外なのかが微妙な位置での反則で騒然としたまま、試合は長い中断を余儀なくされた。海野は再点灯を諦めていたというが、担当者が自転車で駆け付け、修復がかなった。照明設備の不具合が原因だった。35分もの中断の後、試合は再開され、甲府が2−1で初戦をものにした。
海野はこの時、当時の山本栄彦県知事に直接電話し、「山梨が全国で大きな恥をかいたんですよ」と強調し、照明だけでなくほかの改修も進めさせている。その辺が、ただでは転ばぬ海野のしたたかなところだろう。この事件は今でもJリーグの社長の間で話題になり、海野は「やばかったから、わざと消したんだろう」と冷やかされるという。
1試合6ゴール! 歴史を作ったバレー
海野はロイヤルボックスの片隅で山梨日日新聞の野口英一社長、山梨学院大サッカー部総監督(当時)で甲府のアドバイザーを務める横森巧らと試合を見つめていた。
横森は8年前をこう振り返る。「甲府の流れるようなパスワークが見事で、どちらがJ1なのか分からないくらいだった。あんな素晴らしいゲームは見たことがない。それにしても、試合の流れというのは恐ろしい」。横森によれば、早い段階で昇格を確信し、「J1に上がったら、カネのほうは大丈夫なのか」「身の丈に合わせた経営でいきましょう」という会話を始めていたという。
次々とバレーの豪快なゴールが決まるが、周りはすべて柏の幹部やスポンサーの関係者だ。大騒ぎははばかられ、海野は声を殺して拳を握った。バレーが得点するたびに静寂に包まれ、3点目が入ると席を立つ人が出始めた。海野は4点目が決まったところで、いたたまれなくなり、ロイヤルボックスを離れてベンチ裏で戦況を見守った。
まさかの大勝による昇格であまりに興奮したからか、海野はそのときのことを細かく覚えていないという。ヒーローのバレーが大粒の涙を流した。「泣くな、バレー」と叫ぶ大木も涙をこらえきれなくなっていた。
バレーは貧しい家で育ち、コーラも飲めなかったという。「バレー」というのはブラジルの安価な清涼飲料で、そればかり飲んでいるからバレーという愛称がついた。01年に大宮が獲得したときは年俸300万円。大宮サポーターからもらった自転車で練習場に通った。05年に大宮がJ1に昇格すると、ブラジル代表歴のあるクリスティアンに押し出される形で甲府にやってきた。
もしバレーが移籍してこなかったら、再建5年目でJ1昇格を決めることはできなかっただろう。昇格はすべての選手、スタッフの奮戦あってのことだが、大木とバレーの功績は大きい。
J1昇格を契機に収入はさらに増加
05年に6億7000万円だった営業収入が、J1に上がった06年に13億4000万円となり、07年には16億5000万円に達した。1度、J1に上がったインパクトは大きく、クラブのグレードが上がった。J2に降格した08年も営業収入は12億6000万円に上り、昇格前の2倍近い数字になっている。
J1昇格はクラブが経営面で底上げされる契機になる。ただし、漫然と経営していたのでは、その効果は一時的なものに終わってしまう。地域貢献活動を徹底的にこなし、スポンサー獲得のための地道な営業活動を重ねてきたから、今の甲府の成功がある。
(協力:Jリーグ)
<第6回へ続く>