札幌の未来を握る「のんのん革命」=J2漫遊記2013 コンサドーレ札幌

宇都宮徹壱

サッカーバー「オフサイド」にて

すすきののサッカーバー「オフサイド」。ここではレア物の映像も楽しめる 【宇都宮徹壱】

 東京の歌舞伎町、福岡の中洲と並ぶ「日本三大歓楽街」のひとつ、札幌すすきの。その一角にある雑居ビルの7階に、知る人ぞ知るサッカーバー「オフサイド」がある。7人も座ればいっぱいになりそうな小さなカウンター、Jリーグの中継映像を映し出すモニター、そして赤と黒に彩られたコンサドーレ札幌のさまざまなグッズ。その中心でグラスを磨いているマスターは、一見すると頑固そうな印象だが、コンサドーレのことを語り始めたとたんに表情が和らぐ。試合を見ながら大騒ぎするようなタイプの店では決してない。むしろ静かにウイスキーグラスを傾けながら、滔々(とうとう)とコンサ愛を語り合うというのが、この店のスタイルであると言えよう。

 この「オフサイド」では、時折コンサのお宝映像を見せてくれる。その日マスターが見せてくれたのは、旧JFL昇格記念ビデオ、そしてHBC(北海道放送)のローカル番組「のんのん」。「のんのん」というのは、現札幌社長である野々村芳和のニックネームであり、実質的な彼の冠番組であった(2010年2月で放送終了)。一応はコンサを中心としたサッカー情報番組なのだが、一方でかなり斬新なコーナーもあり、その筆頭が「ワシにもできる!」。これは、当時札幌の監督だった石崎信弘と野々村が、視聴者から送られてくるサッカーに関係ない悩みに大真面目に答えるというものである(その回は「どうしたらワサビ入りの寿司が食べられるか」という子供からの質問だった)。ノブさん(石崎の愛称)とのコミカルなやりとりを見ながら、実は野々村が北海道ではサッカーを超えた有名人であることを、このとき私は初めて理解した。

「野々村さんが社長をやると聞いたとき『いよいよだな』と思いましたよ。何しろ札幌のレジェンドでしたからね。期待が大きいだけに、コケたときのダメージは大きい。とはいえ社長はアイデアマンだし、非常に頑張っている印象は受けますね」

 サッカー解説者とは全く異なる、野々村のもうひとつの素顔に感動していた私に、マスターがそう説明する。元Jリーガーの新社長に対する期待は、彼のみならず多くの札幌サポの間でも共有されているようだ。別のサポーターは「のんのん効果」をこう語る。

「以前だったら、試合に負けて『社長、出てこい!』って感じだったんですけど、その雰囲気がまず変わりましたね。みんな『コンサのために、何かやってくれる人』という感じで見ています。もちろん、開幕から期待外れの成績でしたから、そこで批判する人もいるんだけど、野々村社長がラジオで勝てない理由について説明すると、とても説得力があるので批判はすぐに収まる。それと、もともとメディアの露出が多くて知名度もあったので、ライトなファンが試合会場に戻ってきた感じはありますよね」

プロフットボーラーあがりの社長の強み

新社長の野々村(左)は元Jリーガー。自ら積極的に広告塔役を買って出る 【宇都宮徹壱】

 前回のコラム(8月19日掲載)で書いたとおり、今季で4度目のJ2降格と相成った札幌にとり、クラブが再浮上する切り札と目されているのが、アカデミー出身選手によるチームの若返り、そして野々村の社長就任である。今回は、今年3月に札幌7代目社長に就任した野々村へのインタビューを通して、彼がこのクラブをどのような方向に導こうとしているのか、探ってみることにしたい。

 当人に会えたのは、J2第23節・アビスパ福岡戦翌日の7月8日。札幌市内のホテルにて、とあるパーティーに出席する直前に40分ほどインタビュー時間を確保してもらった。実は野々村とは以前、『スカパー!』の討論番組で一度だけ会ったことがある。あいさつもそこそこに、まずはスカパー! と地元ローカル局での露出について、それぞれ意識的に自身の見せ方を変えているか尋ねてみた。

「もちろん意識していますね。CS放送で解説をしているときは、コアな人たちをよりサッカーに引きつけて、絶対的な仲間にするためにしゃべるべきだと思っています。逆に地上波は、カジュアルな人たちにどれだけサッカーに関心を持ってもらって、(最終的に)スタジアムに呼べるかを考えていますね」

 この発言を聞いただけでも、野々村がこれまでのJクラブの名物社長とは一線を画していることが理解できよう。実際、クラブ側も意識的に野々村をクラブの広告塔として起用する戦略を打ち出している。広報部長の熱海寿は、こう説明する。「広報の立場からすれば、選手や監督だけでなく、社長という肩書きも広告塔になれるということを実証できたのが大きいですね。選手としての実績を積んでいるというキャリア、そしてルックスと若々しさ。これらはいずれも、他の名物社長にはない要素だと思います」。では、元Jリーガーゆえの強みについて、当人はどう考えているのだろうか。

「クラブの社長は、責任をもって何事も決めなければなりません。どういうクラブにしたいか、というのはどの社長も考えているでしょうけど、そこにスタイルを目指していくのかということにこだわりたい。それを実現するには、実際にサッカーの現場にいた人間でないと難しいと思います。言うまでもなく、われわれの仕事はサッカーのパフォーマンスやチームの成績が重要なのですが、それを限られた予算で最大限に実現させるには、現場をよく知っているスペシャリストが不可欠ですね」

 新社長が現在、最も頭を悩ませているのが強化費の削減である。J1だった昨シーズンから半減されて、推定で3億円弱。今季のオフィシャルブックで野々村は「札幌の強化費は、J2の中でも12番目か13番目。ガンバ大阪の10分の1です。そんな相手と競争するんですから簡単に昇格できるはずがない」と切実に語っていた。

「お金があれば、いろんなことができますよ。でもウチの場合、現実的な考えとして、7億円くらいの強化費でJ1に居続けることができるようなクラブにしたい。今がその半分以下ですからね。そのために、下(=アカデミー)からどんどん若い選手が上がってくる仕組みを作らないといけないし、しっかりしたクラブとしての哲学は必要だと思っています。つまり『こういうサッカーを目指すから、こういう育て方にする』という、バルセロナみたいな哲学ですね」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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