やり投陣、勝負の鍵は“人”の字フォーム=指導者に聞く、やり投マニアック観戦術

曽輪泰隆

(4)日本人選手の技術力と球技文化

4月に自身の日本記録を更新した海老原。中学までバスケットに打ち込んだ経験が生かされている 【写真は共同】

「村上選手は高校で陸上競技を始めました。中学時代には野球をやっていて、ものすごい遠投力を誇ったことは皆さんもよくご存知のことでしょう。海老原選手も陸上を始めるまではバスケットボールの選手でした。また、村上選手は高校時代のインターハイではやり投と円盤投で優勝、海老原選手は混成の七種競技で優勝しています。ディーン元気(早稲田大)選手も村上選手同様、高校時代に円盤投とやり投で頂点に立っています。プロ野球の影響などもあり、昔から日本では球技が盛んに行われてきました。小学校時代からボールを扱う感覚に優れていること、陸上を始めてからも、やり投だけでなく、他の種目に積極的に取り組むことなどで“総合的な体力強化”がなされてきていることが、今の日本のやり投陣の充実につながっていると思います」

 村上選手が立ち5段跳びなどのトレーニングで、日本のトップクラスの跳躍選手をしのぐ距離を跳ぶことは有名だ。高校時代からサーキットトレーニングなどで、強じんな筋力のみならず、ダッシュ力やジャンプ力、背筋力などを総合的にバランス良く鍛えてきたからこそ、今の強さがある。

 また、「やり投は、下半身は真っすぐ前に進み、上半身は横回転(体をひねって投げる)というアンバランスな要素をひとつにまとめる種目。ダイナミックに見える外国人選手の投げも実は無駄が多い。しかし、その無駄をカバーしてしまうだけのパワーが彼らにはある。テレビを見ていても、きっと長いやりをボールのように投げている感じに見えることでしょう。日本人選手はパワーでは劣るものの、彼らに負けないスピード、巧妙さ、技術力がある。それを支えているのがボールを扱う感覚であり、高校時代からの総合的な体力づくりです。力任せの投げではない美しさ。助走の走り出しから流れるような助走&クロス、“人”の字でしっかりまとめる投げ出しまでを、テレビ画面を通じ、ぜひじっくりと観察してほしいと思います」

(5)“ダイブ投げ”で飛距離は変わる?

 昨年、ロンドン五輪に出場したディーン選手が投げ終わった後、ダイブするように前に倒れ込むシーンを、テレビなどを通じてご覧になった方も多いだろう。ではなぜあのような姿勢になってしまうのか。
「前にも説明した通り、右投げの場合、左足にしっかり体重が乗ったフィニッシュができていれば、普通は右足を前に出して止まることができます。その右足を前に出さずにいると、体が前に投げ出されてしまい、ダイブする姿勢となります。投げた後に右足を出すか出さない(出せない)かの違いであって、飛距離がダイブすることで伸びるわけではありません。反対に、ダイブする投げ方だと(前に出てはいけない)ファールラインまでの距離が必要となるので、投げる位置が後ろになり、かえって距離的には少し損する感じとなります。また、投げ終わった後といえども、前に飛び出す動きになるので、“人”(Cカーブ)のイメージが崩れやすくなり、以降の試技にも及ぼす影響が大きいと思います」

 投げる瞬間に人の字(Cカーブ)をつくることが最も重要なので、投げ終わった後のことは関係ないと言えばそこまでだが、見かけのカッコ良さはさておき、「ダイブはフォームの崩れなどを誘発する恐れもあるので、一般的には推奨し難い動き」と言える。
 それを裏返せば、一流の選手でさえも、そういう動作になってしまう難しさがやり投にはあるということに他ならない。

「今年の村上選手、海老原選手は春先から記録的にも高いアベレージを誇っており、決勝進出はもちろん、ファイナルでも十分戦える状況にあると思います。ぜひメダルを目指してがんばってほしいと思います」

 道具や風向き、投げ方……に至るまで、距離&記録はもちろん、やり投には見どころや楽しみ方が満載。テレビ画面を通じ、ぜひその醍醐味を味わってほしい。

<了>

石井田茂夫(いしいだ・しげお)
1958年滋賀県生まれ。日本体育大を卒業後、花園高校に赴任。保健体育教諭、監督として陸上競技部の指導にあたる。これまで数多くの全国覇者を輩出。平成以降、全国インターハイにおける投てき種目の総得点1位を誇るとともに、学校、社会人、府県、男女を問わず、各年代の代表選手の育成・指導に関わっている。日本陸連強化育成部投てき主任。

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著者プロフィール

1967年奈良県生まれ。早稲田大学教育学部卒。大学時代は早稲田大学陸上競技同好会に所属。卒業後は、アメリカ留学(陸上競技、コーチング)を経て奈良新聞社に入社。その後フリーに転身。『陸上競技マガジン』(ベースボール・マガジン社)などでライターとして活動している。

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