人知れず獲得したろう者五輪の銀メダル=音がない世界のバレーの難しさ

中村和彦

手話を覚えた時期も、五輪への思いもさまざま

ウクライナにストレートで敗れはしたが、選手たちは全てを出し切った悔いのない様子だった 【中村和彦】

 聴者とともに高いプレーレベルでプレーしてきた者は“音の喪失”に戸惑うが、生まれつき聞こえず補聴器装用の効果もあまりない重度の聴力レベルの選手たちや、ろう者内だけでしかプレー経験がない者にとっては、情報としての音は初めからコート内にはない。こういった個々の聴力レベルの違いや経験の違いなども、デフバレーの難しい一面となっている。またチーム内のコミュニケーションは手話だが、選手によって手話を覚えた時期もさまざまだ。物心がついたときには自然と手話を覚え、第一言語として手話を身に付けた者もいれば、音声による日本語を苦労して習得し、その後手話との接点がなくチームに参加する頃に手話を覚え始めた者もいる。そういった選手たちの集合体が、デフバレー女子日本代表チームだ。
 
 日本代表は3大会連続メダルを獲得しており、ブルガリア大会で01年大会以来の金メダルを狙う。監督は北京五輪への出場経験を持つ狩野美雪氏。亡き今井起之前監督の意思を引き継ぎチームを率いることになった。選手との橋渡しには手話通訳がついた。代表のメンバーはチャレンジリーグでのプレー経験を持つ山崎望から、さほど経験値のない選手までさまざまだ。紆余(うよ)曲折がありながらも今年の春に代表の12人が選ばれた。5月の合宿の時点で狩野監督は、自身をはじめとする五輪出場選手の五輪への思いと、代表に選ばれた選手たちのデフリンピックへの思いの差を痛切に感じていたが、大会が近づくにつれ選手たちの意識も飛躍的に向上した。また選手たちは、監督、コーチ、臨時コーチ、サポートスタッフなどの指導を受け、技術的にも驚くほどの進歩を遂げた。見る能力の高い選手たちが、一流のお手本を見て、真似て、自分のものにしていったのだ。

持てる力をすべて出しきった

 そして7月22日、ブルガリアに向け日本を出発。25日の予選リーグ初戦に臨んだ。デフリンピックの女子バレーは、12カ国が参加。6カ国ずつの2組に分けられ上位4カ国がベスト8に進出する。日本は予選でウクライナに2−3とフルセットの末敗れたものの、4勝1敗で2位通過、準々決勝ではポーランドを3−0と破り準決勝へ進んだ。準決勝の相手は米国。前回大会の準決勝で敗れた相手でもある。日本は第1セットを27−29で落とすが、終盤の粘りが日本に流れを引き寄せ第2セットは日本が主導権を握る。しかし、アメリカも驚異的な粘りを見せ、第1セットに引き続きジュースへ。最後は米国のスパイクを日本がブロックで止め、32−30。セットカウント1−1に追いつく。続く第3、第4セットを日本が連取し、セットカウント3−1で決勝進出を決めた。

「ただひたすら勝つために、チームが勝つために、自分が何ができるか。それだけを考えてほしい」
 狩野監督が国内合宿で常々語られていた言葉が、その言葉がまさしく実践された試合となった。

 決勝の相手は2大会連続金メダルのウクライナ。日本は地力に勝るウクライナに0−3と破れ金メダルを獲得することはできなかったが、10日間で8試合の強行日程で持てる力をすべて出しきり、悔いのない“銀メダル”を獲得した。
 誇るべき銀メダリストたちの名は、柳川奈美子、菅谷美穂、宇賀耶早紀、安積梨絵、安積千夏、河尻奈美、長澤みゆき、高良美樹、藤井美緒、藤裕子、三浦早苗、山崎望の12名。

 大会名称が変更されて以降、4大会連続のメダルを獲得したデフバレー女子日本代表。彼女たちの歩みは着実に日本のスポーツ史に歴史を刻んでいる。

<了>

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著者プロフィール

福岡県出身。大学在学中より助監督として映画の世界に入る。主な監督作に「棒 Bastoni」(2001年)、「日本代表激闘録AFCアジアカップ カタール2011」(2011年)をはじめとするサッカー関連DVDなど多数。知的障害者サッカー日本代表を追った長編ドキュメンタリー「プライド in ブルー」(2007年)で文化庁映画賞優秀賞受賞。ろう者サッカー女子日本代表を追った「アイ・コンタクト」(2010年)では、山路ふみ子映画福祉賞を受賞。著書に「アイ・コンタクト」(2012年岩波書店刊)がある。

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