選手の才能を輝かせる“語学力”=海外では通用しない沈黙の努力

中野吉之伴

どんなに勉強しても分からないことはある

バイエルンの監督就任会見で全てドイツ語で対応したグアルディオラ監督。オファーを受けて以来毎日4時間も勉強していたようだ 【Bongarts/Getty Images】

 とはいえ、香川のケースをスタンダードとするのは危険だし、やはり自分の言葉で相手に意思を伝えようとする姿勢が、海外生活では不可欠なものだ。ドイツに移籍してくる選手も入団会見で、言葉を頑張ろうと思うと一様にコメントしているし、最初は積極的に学ぼうとする。では、どのくらいの語学力が必要なのだろうか。1、2年もドイツで暮らしていれば、さすがに少しは身につく。言われていることも何となく分かるようになる。しかし正直一番怖いのはこうした中途半端な語学力だ。

 選手はドイツ語の家庭教師とマンツーマンで週に2〜3コマ各1時間の勉強をしている。例えば語学留学で来ている普通の留学生は平均して週5回×4時間の授業を受けている。それでも満足のいくレベルに達する人はまれだ。ドイツ語習得基準の一つと言えるDSH(ドイツ大学入学資格となる語学試験)に合格するためには、語学学校で週5回×4時間+毎日4時間の自習、さらにドイツ人の友人を作り積極的にコミュニケーションをとって経験を積み、それでも1年半から2年半はかかる。さすがに選手に同じものを求めるのは酷かもしれないが、そこまでやっても分からないことのほうが圧倒的に多いということは理解してほしい。

真剣に受け止めるべきグアルディオラの姿勢

 昨年ホッフェンハイムでプレーしていた宇佐美貴史(現ガンバ大阪)は通訳をつけなかった。バイエルン・ミュンヘン時代は常に通訳がサポートしてくれていたが、「甘えになってしまうから」と自分から外した。「言っていることは大体分かります」と話していた。しかし実際ピッチ上の動きを見ると他の選手とのずれが目に付いていた。会話の中に知っている単語があるから、その意味を拾って分かっているつもりになってしまう。宇佐美の才能を評価して獲得してくれたマルクス・バッベル政権下ではまだ良かったが、その後のフランク・クラマー暫定監督時には語学力を問題に構想から外されたと地元紙に報じられた。その後クルツ監督の下で再びスタメンで起用されるようにもなったが、徐々に出場機会が減っていった。第26節マインツ05戦で60分に途中出場したが、何もできないまま試合終了。それ以降出場機会を得ることはなかった。降格危機に瀕していたチームは積極的な守備が求められており、宇佐美本人は真剣に取り組んでいたが、チームが必要としていることを深いところで理解しきれていなかったことが一つの要因ではないかと思われる。

 バイエルン新監督のジョゼップ・グアルディオラはオファーを受けたときから毎日少なくとも4時間ドイツ語を勉強してきたという。最初の入団会見から、「全部暗記してきたからね。質疑応答だと化けの皮が剥がれる」と冗談めかして言いながら、記者の質問にすべてドイツ語で答えてみせた。スペイン人がドイツ語を学ぶのと日本人がドイツ語を学ぶのはもちろん違う。監督に求められる言語力と選手に求められるそれのレベルも違う。しかしバルセロナで世界一になった監督が、新しい現場で仕事をするために、そこまで自分と厳しく向き合ったという事実は、真剣に受け止めるべきことだ。

 今後も日本から海外クラブへ移籍していく選手は増えることだろう。現地に行って初めて言葉の重要さに気がついて取り組むのではなく、日本にいる間からできることはやっておいた方がいい。話せるようになってメリットになることは山のようにあるが、損をすることは一つもない。

<了>

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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