桐光・松井の敗因「省エネ」求め陥った罠=前田幸長が解説

構成:スポーツナビ

「腕をピュッと振り切ったスライダー」がなかった

 140キロを投げられる左投手はそうそう打たれるものではないですし、プロでも即戦力となりえる超1級品のスライダーを持っているのだから、昨夏のような力でねじ伏せるピッチングを続けてほしかった。
 私の意見ですが、チェンジアップを覚えたことで「省エネ投球」かもしれませんが、“楽”なピッチングを覚えてしまったように思います。もちろん激戦・神奈川を勝ち抜くために必要と考え、全力投球の中でのことではありますが。

 松井くんは細かなコントロールで勝負するタイプのピッチャーではありません。大雑把にストライクゾーン周辺で140キロ中盤のストレートとスライダーを組み合わせて三振を奪っていくピッチングが松井くんの本来のピッチングだと思います。
 試合後、横浜スタジアムに視察に来ていたプロ野球のスカウトと話をしましたが、今夏、昨年まで見られていた、「腕をピュッと振り切ったスライダー」が見られなくなったそうです。それは今日のピッチングを見て、私も感じた部分でもありました。

 素材は良い、質の良いボールを持っているだけに「物足りない」「もったいないな」と感じるボールが多々あったのも残念でした。「甲子園で22奪三振を記録したピッチャー」という高いレベルを求めてしまうからというのもありますが、昨年できていた投球が今年見られなくなってしまったのは「なんでだろう」と逆に疑問に思ってしまいました。

 三振を奪うという松井くん本来の投球スタイルから、チェンジアップを加えた打たせても取れる、マスコミの言う「省エネ投球」というスタイルを会得したからこそ陥った罠とも言えるかもしれません。プロ野球に入るまで、高校野球の間はせめて、昨夏までの力でねじ伏せ三振を奪う投球を続けてほしかったです。ピッチャーの究極の目標は27個のアウトをすべて三振で奪うこと。それだけの力はあるピッチャーなので、この究極の目標を追求していってもらいたかったです。

「特別な1位」からのトーンダウンが象徴した今夏

 今後についてですが、きっとプロの世界に飛び込む逸材だと思います。そのためにも、今大会見られなかった「腕をピュッと振り切ったスライダー」をもう一度取り戻してほしいと思います。ただ、これはとても大変です。私は高校の時、自信のあるカーブを持っていましたが、夏には自分の思い描いていたカーブが投げられなくなってしまい、常に「何か違う」と思いながら投げていました。結局、私はそのカーブのイメージを元に戻すことができなかったです。
 ただ、松井くんの素材は間違いなく良いので、時間はかかるかもしれませんが、もう一度、自分の投球、どんなイメージで27個のアウトを取っていくのかを確立させてほしいと思います。

 巨人の原沢敦GMは「素材は良い」と話していました。確かにとてもすばらしい選手です。しかし、今日のような、今夏のようなピッチングによって「絶対にうちが1位指名するピッチャー」「1位指名で消える選手」というスカウトの声は聞かれなくなりました。「1位候補の選手」という位置づけです。

「1位指名候補」というのはすばらしい選手だということなのですが、松井くんに対して求めるものが高いので、スカウトたちも昨年の藤浪、大谷のような「特別な1位」として見ていたいようです。「素材は良いと思うよ……」とトーンダウンしてしまったのが、今日の、今夏のピッチングを象徴しているのではないでしょうか。

<了>

前田幸長/Yukinaga Maeda

 1970年8月26日生まれ。福岡県出身。福岡第一−ロッテ−中日−巨人。179センチ、70キロ。左投げ左打ち。福岡第一高のエースとして春夏連続甲子園出場、夏には準優勝を果たした。日本では珍しいナックルボールの使い手としてプロの世界で活躍。2008年にメジャー挑戦のため渡米し、レンジャーズ傘下3Aオクラホマでプレーした。同年に現役を引退した後は野球解説者、タレントとして活動している。

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