庶民から遠い存在になったマラカナン=経済格差が生んだブラジルサッカーの現状

中田徹

高額な料金が設定されるようになったチケット

夕暮れのアレーナ・コリンチャンス建設現場。スタジアムそのものは形ができてきたが、その周辺工事は遅れが顕著だ 【中田徹】

 今のマラカナンはとてもモダンになった。そしてピッチと観客席の距離も近くなった。しかし、庶民からとても遠い存在になった。リオのクラブとCMEの争いのひとつには、『最低入場料金をいくらにするか』という点があった。近代スタジアムを運営する以上、CMEとしては利益が必要だから、「メーンスタンドとバックスタンドの最低入場料金は100レアル」と主張していた。100レアルと言えば、リオの高級日本料理店でしっかり食べて呑むことができる金額だ。だから、リオの各クラブは「そんな高額がメーンスタンド、バックスタンドのチケット最低料金とは現実的でない」と反対していたのだ。

 ところが、経済成長を果たしたブラジルには、そのお金を簡単に払える富裕層が存在する。今回のコンフェデ杯でも、真っ先に売れたのはカテゴリー1ではなく、食事・駐車場付きの高級席“ホスピタリティー・チケット”だったという。最近になってフルミネンセはCMEとの35年契約の同意に達し、21日のバスコ・ダ・ガマ戦で早速、マラカナンを使用するようになったが、結局、ゴール裏は60レアル、メーンスタンドは100レアル、250レアル、300レアルという、ものすごく高額なチケット値段設定になった。
 もちろん、「新装したマラカナンで一度、試合を見てみたい」という層もいるので、フルミネンセ対バスコ・ダ・ガマの試合はかなりの入場者数が期待されている。その一方で、サッカー場から遠ざかっていく層もどんどん生まれている。今回のコンフェデ杯では、スタジアム周辺に住んでいるのに最低価格の57レアルのチケットが買えず、試合中もただスタジアムを眺めていただけの住民がいたことが問題となっていた。

ブラジル全国選手権での観客動員にも格差が

 近年、ブラジルサッカー観戦の入場料が急激に上がっているという。ネットを漁っていたら16カ国のチケット最低価格の調査を見つけた。ブラジル全国選手権のチケット最低価格平均は38レアル。これをブラジル人の平均年間所得で割ると、チケット645枚分になる。Jリーグのチケット最低価格平均は45.54レアルとブラジル全国選手より高いが、年間所得で割ると2046枚となる。それだけ日本人はブラジル人より自国のリーグ観戦に割安感を感じることができるのだ。実は、ブラジルの645枚という結果は16カ国中最低で、日本の2046枚は最高の数字だった。もはや、ブラジルにおいて全国選手権の試合観戦は、低所得者層にとって手が届かないものになりつつある。

 サンパウロでは、まさに閑古鳥というのがピッタリな試合を経験した。それは7月10日に開催された名門、サンパウロFCのホームマッチだった。この日のバイーア戦は、サンパウロFCがスルガカップに参加するため、前倒しに行われたゲームだった。しかも、その日はリベルタドーレス準決勝、ニューウェルス対アトレチコ・ミネイロの試合日でもあった。サンパウロFCの相手はバイーアという地味なチームだった。そんないくつかの不運があったとは言え、7万人収容のムルンビー・スタジアムに集まったのは4500人だけだった。しかし、この発表数字もあやしいもので、スタジアムの雰囲気、試合後のスタジアム周辺の賑わいから推定するに1000人ほどの入りだったのではないかと思われる。これを不運で片付けるわけにはいかない。その前の週末に行われたサンパウロFC対サントスといった好カードですら、ムルンビーには7000人しか集まらなかったのだ。ブラジル全国選手権は大観衆で盛り上がる試合もあるが、1000人ちょっとしか集まらない試合も多くある。ちなみに1試合平均の観客数は1万3000人弱だ。

印象的だった新スタジアム建設現場

 それでもサンパウロではサッカー三昧の、夢のような日々を過ごした。パルメイラスはセリエBに落ちていたが、鮮やかなサッカーでABCを4−1で下し、パカエンブーに集まった2万3000人のサポーターを歓喜させた。“ペレの町”として有名なサントスでは、ホームチームがポルトゲーゼを4−1で倒すのを見た。この試合で左サイドバックを務めたレオはサントスでの出場試合数が445となり、クラブ歴代10位の記録を作ったばかりでなく攻守に活躍し、まさに彼のための試合となった。また、僕の目の前では女性の副審がテキパキとフラッグを上げ下げしていた。3万3000人という大観衆をパカエンブーに集めたコリンチャンス対アトレテチコ・ミネイロも素晴らしい雰囲気だった。

 サッカー博物館に2カ所、新スタジアム建設現場にも2カ所行った。中でもアレーナ・コリンチャンスの建設現場は印象的だった。場所はサンパウロの東郊外。メトロのイタケラ・コリンチャンス駅からすぐ近くにある。ここはワールドカップ(W杯)の主要会場のひとつで、開幕戦が行われることになっている。ブラジルのメディアは「スタジアムの8割はできあがった」と報じているが、実際に現場へ行ってみると「8割は大げさかな」と感じた。それでもスタジアムとしての形はかなりできており、すでにコリンチャンスのエンブレムもあった。

 しかし、問題はスタジアム周辺だった。いくらメトロの駅からすぐといっても、スタジアムは小高い丘の上にあり、その周辺整備がまったくできていなかった。今、スタジアムへ近付くためには獣道を探して上がって行くしかない。また、駅前の道路改修もかなり時間がかかりそうな雰囲気だった。W杯に向けてサンパウロの問題はスタジアムより、駅とスタジアムの周辺整備なのではないかと思った。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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