ブラジル人が日本に感じるシンパシー
現地で体験した親日国家の現実とは

ブラジル人の心をつかんだ日本のプレー

ベロ・オリゾンチの町で「日本よ!我々のフットボールと、あなたの教育を交換したい!」というプラカードを掲げるデモ参加者。このメッセージはレシフェの町でも見かけた
ベロ・オリゾンチの町で「日本よ!我々のフットボールと、あなたの教育を交換したい!」というプラカードを掲げるデモ参加者。このメッセージはレシフェの町でも見かけた【中田徹】

 コンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯)第3戦を観戦後、スタジアムを出てバス停を探していると、ブラジル人が「ジャポン!」と叫び「今日は悪かったな」と言わんばかりに親指を下にした。別に僕がプレーをした訳ではないのだが、何だか自分のプレーのひどさを責められているような気がした。日本は1−2でメキシコに敗れ、3連敗でコンフェデ杯を終えた。


 キックオフ前、「この日のブラジル人は、日本とメキシコのどちらを応援するのだろう」という興味があった。レシフェでスペイン対ウルグアイを見たとき、ブラジル人はウルグアイに熱い声援を送っていた。試合後、ロナウドという青年とサッカー談義をした。彼は「スペインのサッカーは素晴らしかった。あんな高速のショートパスの交換は、決して南米、ブラジルでは見られない」と感嘆していた。そんなロナウドに「なぜ、ブラジル人はウルグアイを応援したのか。両国はライバルではないのか?」と聞いた。

「確かに僕たちはライバルだけど、同じ南米の仲間でもある。それにスペインは強くなり過ぎた。僕も今日はウルグアイを応援してたんだ」


 その後、日本対イタリアの試合で、日本のサッカーはブラジル人を熱狂させた。開幕戦、ブラジル相手に0−3と完敗したことで、日本人の僕は「おい、“トレス・ゼロ(3−0)”」と呼ばれたこともあったが、イタリア相手に3−4と敢闘しただけでなく、その内容が素晴らしかったことで多くのブラジル人たちが僕たちに「ジャポン!」と笑顔を送ってくるようになった。レシフェの町で僕はずっと日本に対するブラジル人のシンパシーを感じていた。

 それはベロ・オリゾンチで行われた日本対メキシコの行きのバスでも同じだった。おばさんの車掌さんがずっと僕に向かって「日本のサッカーって素晴らしいのよね。何たってプレーに賢さを感じるのよ」としゃべり続けてくる。すると乗客の何人かが「ジャーポン! ジャーポン」とチャントを始めた。

大観衆が日本の同点を期待するもかなわず

 スタジアムの外にあるバーでは、ブラジル人、日本人、メキシコ人サポーターによる写真の大撮影会が延々と続いていた。ここでの人気はお互いイーブンだった。しかし、キックオフの笛が鳴ると、明らかにブラジル人たちは日本を応援した。5分、岡崎慎司の股抜きから始まった攻撃は香川真司の惜しいシュートで終わった。10分には岡崎のヒールキックによるシュートが決まったかに見えたが、オフサイドの判定で認められなかった。多彩な日本の攻撃にブラジル人の「ジャーポン! ジャーポン!」の声援が鳴り止まない。一方、メキシコ人選手のシュートミスには地響きがなるようなブーイング。たまらずメキシコ人サポーターが「メヒコ! メヒコ!」と声を出すも、ブラジル人のブーイングにかき消されてしまった。


 だが、後半に入って0−2となると、ブラジル人たちの集中力も下がっていった。彼らの興味はセレソンに移り、ブラジル代表がゴールを奪うごとに歓喜し、「Eu sou brasileiro com muito orgulho com muito amor(わたしはブラジル人。たくさんの誇りとたくさんの愛とともに)」を歌い始めた。どこか、その光景はスペインがウルグアイ相手に2−0とリードし、試合の緊張感がなくなってしまったレシフェのスタジアムに近かった。しかし、両会場が決定的に違ったのは、レシフェでは地元の3クラブ、スポルチ、ナウチコ、サンタクルスのサポーターがそれぞれの応援ソングを歌ったのに比べ、ベロ・オリゾンチではあくまでブラジル、もしくはミネイロ州をたたえる歌を歌っていたことだった。


  終盤、岡崎のゴールで日本は1点差に迫った。メキシコのPKもGK川島永嗣がストップ。その都度、うれしそうにブラジル人が僕に握手を求めてきた。ロスタイム5分の表示に日本の同点弾に対するブラジル人たちの期待が高まった。しかし、届かなかった。試合後、ゴール裏の日本サポーターに向かってお辞儀をする選手たちに、「ジャーポン! ジャーポン!」の歓声が続いた。そのまま選手たちはうつむくようにロッカールームへ去って行った。できれば、日本の選手たちにはセンターサークルでブラジル人たちにも挨拶してほしかった。

多くの意味合いを含んだデモのプラカード

 帰りのバスで乗り過ごしてしまい、地下鉄で1駅戻らなければならなかった。そこでブラジル人の青年に流暢(りゅうちょう)な英語で「今日の日本の結果を教えてほしいんだ」と聞かれ、負けたことを告げた。「日本はいいサッカーをした?」「本田はどうだった?」「香川は?」「岡崎はゴールを決めたの?」と彼の質問は留まらない。そこで、僕も質問した。イタリア戦やメキシコ戦で明らかにブラジル人は日本を応援していた。それはなぜなのか?


「その理由に明らかなものがあるわけじゃないんだ。ただ、ブラジル人の多くは日本人が好きだし、日本のサッカーにもシンパシーを感じているんだ。“日本人が好き”ということを横に置き、日本のサッカーについて答えると、今、日本のサッカーはどんどん成長していて、マンチェスター・ユナイテッドのようなチームに所属している選手がいる。そして日本代表のサッカーは、ブラジルのサッカーに非常に近いスタイルなんだ。もちろん、ブラジルと日本の実力差は明らかだよ。でもサッカーのスタイルが近いことにシンパシーを感じている」

 ホームで地下鉄を待つ短い時間の会話だったが、聡明な青年はスラスラと答えてくれた。


 ここブラジルでは、ずっと彼らの優しさを感じて過ごしている。レシフェからベロ・オリゾンチまで飛行機で飛び、空港バスで町まで着いたが、ホテルの場所が分からなかった。そこで近くのホテルのレセプションに飛び込み、「僕は宿泊客じゃないんだけど、ここのホテルを教えて」と言ったら「もちろん。でも君のホテルはデモの近くだぜ。一緒に行ってあげよう」と片道10分の距離を一緒について来てくれた。その道すがら、彼は「僕は日本が大好きなんだ」と言った。それは日本がイタリア戦でいいサッカーをしたからか?


「いや、僕はサッカーが大嫌いなんだ。僕は日本の漫画や歌をインターネットでずっとチェックしている。中国人や韓国人と区別がつかないブラジル人もいるけど、僕には一目で日本人が分かる」

 

 ホテルのすぐ近くでデモ集会が行われている。催涙ガスを浴びて戻って来た宿泊客が廊下でむせんでいる。それだけ激しいデモだった。

 彼らの不満は多岐に渡るが、教育レベルの低さもそのひとつである。「日本よ。ブラジルのサッカーと、あなたたちの 教育を交換してくれ」――そんな短いメッセージのプラカードにサッカー大国の誇りと、“トレス・ゼロ(3−0)”の厳しい現実と、そして日本へのリスペクトもちょっと感じた。


<了>

中田徹
中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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