タヒチの勇気ある冒険に胸を熱くする=コンフェデ杯通信2013(6月17日)

宇都宮徹壱

オセアニアしか知らなかったタヒチ代表

レシフェの海岸線を散策するとビーチサッカーに興じる人々の姿が目に入って 【宇都宮徹壱】

 レシフェ滞在2日目。この日は当地では試合がなく、日本代表もブラジリアでのトレーニングを終えて、この日の夕方にレシフェ入りすることになっていた。久々に取材のない日となったので、溜まった洗濯物を洗ったり海岸沿いを散策したり、昼間はのんびりと過ごすことができた。この日の私にとっての一番のイベントは、16時にベロオリゾンテで行われる、コンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯)グループBのタヒチ対ナイジェリアのテレビ観戦。「スーパーイーグルス」の異名を持つ、アフリカ王者のナイジェリアについては、今さら多くを語る必要もないだろう。私がずっと気になっていたのは、このたびオセアニアの覇者として今大会に挑むことになった、タヒチである。

 あらためて、タヒチにとっての今大会に対する位置付けを考えてみたい。まず、彼らは決して「オセアニア最強」というわけではない。もちろんOFCネーションズカップの優勝チームではあるのだが、彼らはこの大会で1度もニュージーランドと対戦していない。ニュージーランドは準決勝で、ニューカレドニアに0−2で敗れてしまったからだ。そのニューカレドニアに対し、決勝でタヒチが1−0で競り勝ち、見事にオセアニア王者となったわけだが、オセアニア内のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングを見ると、138位のタヒチは、ニュージーランド(57位)、ニューカレドニア(97位)に次ぐ3番手。ワールドカップ(W杯)予選も、オセアニア最終予選まで進んだものの3位に終わり、プレーオフ進出の道を絶たれている。

 一方で気になったのが、タヒチの「国際経験」である。これまでタヒチのA代表は、1度としてオセアニア域外の国際大会に出場した経験がない(2009年のU−20W杯には出場)。ゆえに、ずっとオセアニア域内のチームしか知らず、その中での最強チームは、AFC(アジアサッカー連盟)に転籍する前のオーストラリアであった。とはいえ、さすがにヨーロッパやアフリカは厳しいにしても、たとえばアジアや北中米カリブの国々との対戦経験はあるのではないかとFIFAの検索システムで遡(さかのぼ)ってみたのだが、少なくとも1973年以降は1度もオセアニア以外のチームと対戦していないことが判明した(それだけオセアニアという地域は、世界のサッカー界から孤立した存在だったのだ)。

 つまり、この日のナイジェリア戦はタヒチの選手たちにとり、単なる「格上との戦い」以上に、A代表としては実質的に初となる「オセアニア域外」の強豪との対戦ということになる。われらが日本代表にとっても、今大会は「世界の強豪とガチで戦える貴重な機会」であるが、ずっとオセアニアしか知らなかったタヒチにとって、このコンフェデ杯は日本以上に「未知の世界との戦い」だったのである。

見る者の心を揺さぶったタヒチの戦い

FIFA主催大会初得点という歴史的なゴールにタヒチイレブンは喜びを爆発させる。彼らのプレーは見る者の心を揺さぶった 【Getty Images】

 最新のFIFAランキングによれば、ナイジェリアは日本の1つ上の31位。138位のタヒチにしてみれば、さぞかし仰ぎ見るような存在に感じられたことであろう。今回のメンバーは歴代ナイジェリア代表に比べて迫力に欠けるものの、それでもミケル(チェルシー)やムサ(CSKAモスクワ)をはじめ、欧州でプレーする選手がメンバーの大半を占めている。対するタヒチといえば、「トラック運転手や体育教師、会計士がいる」(タヒチ代表エタエタ監督)という具合。3番のFWマラマ・バヒルアが唯一の海外組で(といってもギリシャのパントラキコスという、あまり耳馴染みのないクラブの所属だが)、残りは全員が国内のクラブでプレー。中には「17歳でサッカーを始めた」という選手もいるらしい。

 当然、ナイジェリアが攻め込んでタヒチが防御に回るという展開が予想された。しかしタヒチは、序盤から積極的に前に出る戦いを選択。意外と敵陣でもパスが回り、ナイジェリアに先んじてファーストシュートを放った。タヒチのサッカーはもちろん初見だが、しっかりパスをつなぎながらワイドに仕掛けるスタイルは明確だった。とはいえFIFAの国際大会で、いつまでも自分たちのサッカーをやらせてもらえるほど、アフリカチャンピオンはお人好しではない。タヒチは前半の5分、10分、そして26分に立て続けにナイジェリアにゴールを奪われてしまう。3点とも、相手のシュートが味方に当たってコースが変わったり、GKのファンブルを詰められたり、確かに不運な面があった。しかしながら、技術とスピードとプレー強度において、明らかにタヒチがナイジェリアに見劣りしていたのも事実である。前半はナイジェリアの3点リードで終了。

 この試合のクライマックスは後半9分であった。左サイドからのバヒルアのコーナーキックに、ファーサイドのホナタン・テハウが角度のないところから高い打点でヘディングシュートを放ち、ナイジェリアゴールを揺さぶる。これが「FIFA主催大会初得点」という歴史的瞬間となり、メンバー全員が破顔一笑でカヌーを漕ぐゴールパフォーマンスを披露。判官びいきでタヒチを応援していたブラジルの人々も、大きな拍手と声援でこの快挙をたたえた。だが、反撃もそこまで。やはりタヒチにとって、ナイジェリアのパフォーマンスは「異次元」であった。次第に足も止まり、気持ちに体がついていけない状態で失点を重ねてしまう。4点、5点、6点。終わってみれば、1−6の完敗であった。

 試合後、スタンドからの声援に、万感の表情で応えるオセアニア王者の表情が、非常に印象的であった。この日のタヒチは、勝ち負けよりも「FIFA主催大会初得点」を何より優先させるような戦い方をしていた(彼らは09年のU−20杯に出場していたが、グループリーグ3戦全敗、0得点21失点だった)。ゆえに、この試合をもって安易にタヒチと日本を比較することについては、慎重であるべきだとは思う。それでも、この日彼らが見せた「勇気ある冒険」が、見る者の心を大きく揺さぶったことについては留意すべきであろう。前日のスペイン対ウルグアイといい、そしてこの日のタヒチ対ナイジェリアといい、今大会はいろいろと学びの多い大会であると強く感じる。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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