365日後へ、新たな冒険に出る日本代表=イラク戦はアジアから世界への境界線

宇都宮徹壱

アピール不足だったバックアッパーの選手たち

ハーフナー(白)が不発に終わるなど、チャンスを与えられた選手たちは、レギュラー獲りへアピールすることができなかった 【Getty Images】

 さて、この試合をテレビでご覧になって、「日本はなんてふがいない試合をしたのだろう」と感じた方も少なくなかったのではないか。確かに勝つには勝ったが、何度もイラクに危険な場面を作らせてしまったし、日本の攻撃がいささか迫力に欠けていたのも事実である。しかし一方で、この日のドーハには日本を苦しめる要素がいくつも存在していたことも忘れてはならない。ここ数日続いていた強風、40度近い気温(前後半で2度の給水タイムがあった)、そして「ここで勝たなければ終わり」というイラクの必死さと、すでに予選突破を決めている日本の立ち位置の曖昧さ――。実際、日本は心理面では試合の入り方がうまくいっていなかったようで、長友も「相手は気持ちで前に来ていているのに、こっちは少しふわっとした感じになっていた」と語っている。

 だが、それ以上に私が気になったのが、久々にスタメンのチャンスを得た選手たちが、そのチャンスを存分に生かしきれていなかったことである。1トップのハーフナーは、ポストプレーの精度を欠き、ボールもなかなか収まらず、前半32分のシュートチャンスも枠をとらえることはできなかった。長谷部に代わって遠藤とコンビを組んだ細貝も、パスミスからピンチを招く場面があまりにも多かった(当人も「ポゼッションでのミスも多かったし、そういうミスが多いとチームとしても苦しくなる」と反省しきりであった)。体を張ったディフェンスで無失点に貢献した伊野波、そして右サイドからたびたび精度のあるクロスを放った酒井宏は及第点を与えても良さそうだが、さりとて吉田や内田篤人を脅かすような特長を発揮していたとは言い難い。

 もちろん公式戦の限られた時間で、ポジションを奪うくらいのアピールをすることは容易ではない。逆に彼らが、現在のスタメン組の半分でも出場機会に恵まれていれば、もっと自信と余裕をもってプレーできていたのかもしれない。いずれにせよ今回のイラク戦では、あらためてスタメンとバックアッパーとの経験値の差が、そのままプレーに表れていたように思えてならないのである。唯一、途中出場ながら安定したプレーを見せていたのは、後半22分からトップ下に入った中村憲剛であろう。指揮官も中村に関しては「頭の良い選手なので、自分がピッチに立った時に何をすべきか、しっかり分かっている」と高い評価を与えていた。

W杯開幕までたかが1年、されど1年

 かくして日本は、イラクのW杯出場の最後の夢を打ち砕き、そのまま空路コンフェデ杯の開催国であるブラジルへ向かった(余談ながら4年前のコンフェデ杯に、アジア代表として出場していたのはイラクであった)。15日(日本時間16日)にブラジリアで行われるホスト国ブラジルとの対戦について尋ねられたザッケローニは「15時間くらいのフライトだから、その間に考えるよ」と笑顔で答えていた。とはいえ、イラクとのハードな一戦を終えて、長時間のフライトを含めて中3日でブラジルと対戦するのは、どう考えても尋常でないスケジュールだ。イラク戦での勝利は確かに重要ではあったが、それなりの犠牲をチームに強いることになった事実は、やはり認めざるを得ないだろう。

 さて、イラク戦から一夜明けた6月12日は、来年のW杯ブラジル大会の開幕からジャスト1年前に当たる。その記念すべき日に、日本がアジアでの戦いを終えてブラジルに旅立ったのは、偶然とはいえ実に象徴的な出来事に感じられる。果たして、今から365日後の日本代表は、どのようなグループに成長しているのだろう。バックアッパーはしっかり育っているだろうか。「本田不在」のオプションは確立しているだろうか。まだ見ぬ新戦力は何人いるだろうか。逆に今の主力から外れるのは誰だろうか。そして365日後の日本代表は、世界と伍するだけの組織力と個の力を併せ持ったチームになっているだろうか。

「この1年短いですが、考え方によっては1年もあるとも言えます」

 W杯予選突破が決まった翌日の会見で、本田圭佑はこのように語っている。これからの1年が充実したものとなるか否か、そのカギを握るのがコンフェデ杯での戦いであることは衆目の一致するところであろう。南アフリカでベスト16に上り詰めたチームに、さまざまなマイナーチェンジを施し、ほぼメンバーを固定しながら駆け抜けてきた3年間。その成果が問われる一方で、世界との距離を測り、より勝利に近づくための改革の契機となるなら、私はコンフェデ杯で惨敗するのもまた良しと考える。いずれにせよ、イラク戦が終わったこの日から、日本代表の新たなる冒険がスタートする。その最初の大一番を見届けるべく、私もこれから一路ブラジルを目指すことにしたい。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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